山犬の遠吠え

@namakesaru

佐助と不思議な犬

 佐助は、そのあたりでは鉄砲うちの名人として名を馳せておった。


 佐助のじさまは、もっともっと有名でな、ウサギから熊までうまいこと一発で仕留めておった。


 そのじさまが死になさったのは、佐助が十二になったときのことじゃった。

 その日、じさまは狩りにいくのを嫌がっておった。侍から無理やりに連れ出された狩りだったからじゃ。


 じさまは、無駄な殺生はしなかった。


 いつも、獲物に頭を下げてから血抜きをする。

 獲れたての肉をたらふく食うのではなく、干して長いこと口に入るようにしておった。皮はなめして防寒着とする。

 たまに、小さな仔を連れた獲物を撃ってしまったときは、すまんかったすまんかったと繰り返し、もともと無口ではあったけれども、さらに言葉を発することが少なくなった。


 そのじさまの最後の狩りには、佐助もついて行っておった。正しくは遠くから見ておった。


 じさまには、来るでないと、何度も何度も叱られた。

 山の神が怒っておる、そう言っておった。

 お前がそばにおると、正しい判断ができぬかもしれぬ。そう言って、同伴することをかたくなに拒否した。

 けれど、佐助は、侍の狩りというもの見たさにこっそりと後をつけていったのだった。


 その日の狩りは、佐助から見てもあさましいものじゃった。


 侍は、獲物とみればやみくもに銃を撃った。

 そうすると、獲物の体内に多くの弾が残ってしまう。腕の良い鉄砲撃ちのすることではなかった。


 これが、じさまが呼ばれた理由じゃった。


 殿様に一発で仕留めた獲物を献上する、その目的のために駆り出されておった。

 無駄な殺生を嫌うじさまの苦悩の表情は、遠目から見てもわかるほどだった。


 そうこうしているうちに、ひときわ大きなイノシシが現れた。


 侍どもは嬉々として猟銃を撃ちまくるが、そのイノシシにはかすりもしない。

 もしかしたら当たっているのかもしれぬが、ものともせず、そのイノシシは巨体を、侍どもの方へ向けた。


 一気に走り出したそのイノシシを止める術などない。じさまは、自分の銃は放り出して侍どもの前に立っておった。


 山の神だ。佐助には、じさまの行いですべてを悟った。


 侍たちは、山の神に手を出したのだ。

 このままだと、侍どもは皆蹴散らされ死を迎える。それだけなら、じさまも見て見ぬふりをしたかもしれぬ。


 山が崩れる。

 山の神は一気に里に下り、人々を襲うだろう。そのあとは、神を失くした山の崩壊だ。


 じさまは、山の神をなだめるためにその御体に素手で立ちはだかった。

 しかし、その体は大きく跳ね飛ばされ、崖の下へと落ちていった。


 佐助に聞こえた、じさまの最後の声。叫び。


「神さんよ、わしが至らずすまん事でした。けれど、里の人は何も悪くない。どうか、わしの命だけで勘弁してもらえんだろうか」


 山の神はじさまを空中へ高く放り投げ、少し角度を変え、そのまま走り抜けていった。その時、ちらりと佐助を見やったように見えたのは気のせいか。


 侍たちは、口々に大きな獲物を逃したことを口惜しがった。

 あのじじいがへまをするからと、じさまを悪しざまにに言う者もいた。


 はらわたの煮えくり返る佐助にそばに、突然一頭の犬が現れた。


 その犬は、侍の誰かが連れていた犬だった。

 戻って来いという声を完全に無視して、その犬は佐助のそばから離れない。

 ただただ寄り添っていた。


 その不思議な犬は、じさまが佐助にしていたようにとにかく座らせようとする。

 十二の佐助は、その犬に抱き着き、声を殺して泣いたのだった。


 じさまは、かかさまのててごじゃった。

 ととさまはじさまに憧れた鉄砲撃ちだったそうじゃが、鉄砲水が出た時に何とかしようとして死んだという。かかさまは、山のものと里のものを変えてもらおうと里に下りたまま、戻ってこなかった。

 佐助はたった一人になってしまったはずだったが、素性のわからぬ犬が、いま寄り添ってくれている。


 侍はとうとう犬を諦めざるを得なかった。

 少しでも近づこうものなら、飼い犬であるその犬が歯をむき出して威嚇してくるのだから。


 それから5年が過ぎ、佐助は立派な鉄砲撃ちになっておった。

 佐助の寄り添う虎毛の犬は、タロと名付けられた。


 タロは時折じさまの落ちた崖へ行く。佐助とともに行くときもあればたった一頭で向かう時もある。


 そして、それはそれは、長く切ない遠吠えを響かせるのであった。




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