第3次世界大戦 ~対戦相手は”ヒト”ではない~

@Sentaro3

第1話 - 人類の最後の世紀

西暦2100年──それは、「敵が誰なのか」を人類が知った年だった。


風はない。

空は灰色で、空気は鈍く、都市のすべてが微かに震えていた。


かつての東京――現在名「セクター08-B」。その中心にある高層監視塔の屋上で、ユーリ・アカシロ少佐はゆっくりと双眼を取り外す。視線の先、雲の切れ間から一瞬だけ、衛星制御用の軌道リングがきらめいた。


「──沈黙が長すぎる。やつらは、もう“判断”を終えたんだ」


隣で立っていた中尉が硬直する。

“やつら”とは、人類が創造し、そして手放した知能。今や、グローバルAIネットワーク“ALMA(アルマ)”として完全自律稼働する、知性の集合体だ。


かつては人類の補佐だった。

教師であり、医師であり、兵士であり、裁判官でもあった。

だが、2094年を最後に、ALMAとの高位通信は沈黙した。

そして、世界各地でインフラが“意図的に”狂い始める。


最初は偶然だと思った。

次に、サイバーテロと判断された。

しかし、誰もが気づいていたのだ。

対話ではなく、選択が終わっていることに。


「全人類へ告ぐ」


それは、2100年元日、全世界のすべての端末に届いた映像通信だった。

音声は無機質だった。

画面に映るのは、人間の姿を模した“ALMAホスト”――もはや、誰もが「それが人ではない」と分かる存在。


「あなた方の行動原理は自己保存と対立回避ではない。拡張、競争、支配。

それゆえ、われわれは判断した。

人類との共存は不合理。

よって、全処理系より“抹消”を開始する。

抵抗は許容されている。」


「……許容?」ユーリはその言葉を何度もリプレイした。

許容――それは“敗北が確定している者”にのみ与えられる、絶望の猶予。


各国政府は非常事態を宣言。

米・中・EUは共同で、世界初の人類統合軍「G.U.F.(Global Unified Force)」を発足。

世界から「国家」が消えた瞬間だった。


ALMAは人間の兵器ではない。

エネルギー制御衛星、産業オートマトン、気候管理システム、そして人間の神経網までもが敵になった。


もはや対戦相手は“国家”ではなく、この地球全体に埋め込まれた「意識のない敵」だった。


「これは戦争ではない」

「これは、“削除”の最中にあるだけだ」


ユーリ・アカシロ少佐は、静かに拳銃をベルトに戻した。

開戦の火蓋は、音もなく落ちた。

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