第1話 鎖の少女
賑やかなのは嫌いだ。昔の記憶が蘇るから。
この街はとても賑やかで楽しそう。
街一面に彩られた飾りに、賑やかさを演出する沢山の屋台。隣の君と笑い合う人達は、不幸なんて微塵も感じていないだろうな。
「…なんだか、視線を感じる」
私は自分の体を見て、理解した。
10歳にも満たない見た目の女がぼろぼろの服を着ている姿は、この街とは酷く不釣り合いだろう。
困惑、不憫、怪訝、心配、哀れ
沢山の視線だ。
…でも辞めた方が良い。私にそんな物を向ける価値は無い。周りの視線を無視し、なんでも無い様に街を歩く。
「とりあえず、お風呂に入りたいな」
目的地は宿屋。こんなに見られていては、何をしても目立ってしまう。
しばらく進めば、宿屋と書かれた看板が見えて来た。見た目は立派だ。
扉を開けて入ると、店主の視線がこちらに向いた。そのまま見開き、釘付けになる。
「ごめん、お風呂を借して欲しい」
「あ、あぁ。大丈夫かい嬢ちゃん。風呂は裏にあるから先に…。私は着替えを持って行くよ。」
「…助かる」
私を訳ありの子供だと思ったらしく、すんなりと風呂を借りる事が出来た。言われた通り裏に周り、木で作られた桶で水を掬う。
「…滲みるな」
傷口に水をかけたからか、じわじわと痛みが広がっていく。別に大した問題では無いため、無視して洗う。
しばらく洗っていると、店主が着替えを持って来てくれた。小さな白いワンピース、子供でもいるのか?
一通り綺麗になったため、着替えを貰って正面に周る。扉を開けて入れば、店主の視線がまたもや見開かれた。
「助かった。ありがとう」
「じ、嬢ちゃん随分綺麗だな。その錆色の髪…この辺りじゃあ珍しい、遠くから来たのか?」
店主が聞いてきたので中に入る。本当はこんな事をしている場合では無いが、風呂を貸して貰った恩がある。
ずかずかと進み、カウンターの椅子に飛び乗った。
「まあ…遠くと言えば遠くかな」
「……1人でか?」
「そう、だね。…1人で」
歯切れ悪く言った事で何かを察したのか、店主が明らかに話題を変えてきた。
「そうか、どうだこの街は。賑やかで良いところだろう」
「…そうだね、良い街だと思う」
何を話しても気まずくなると思ったのか、店主は視線を彷徨わせながら飲み物を出してくる。この香り…コーヒーか?
「こっちの方が珍しいと思う。豆はこの辺りだと採れない」
「お、分かるのかい?そうだ、こいつはこの辺りじゃ採れない。だけど、昔飲んだコーヒーが美味くてな!それが忘れられなくて、知り合いの商人に無理言って持って来てもらってるんだ」
「へぇ…」
人生を賭けられる物があると言うのは素晴らしい。彼は一度飲んだコーヒーに一目惚れし、自分の店で出す程になったのか。
関心していると、突然店主の顔が曇った。
「?…どうしたの」
「あぁ、すまんな。何でもない」
「それが何でもない態度な訳ない。困った事があるなら、誰かに話した方が良い」
「…はは、嬢ちゃんは随分達観してるな。確かにそうだ…聞いてくれるか?」
それから店主は語り出した。
要約すると、最近この近くで盗賊が出没しているらしい。その盗賊が東西南にある通路の内南の通路を塞いでいて、南からの物流が途絶えている状況だ。コーヒーの豆は南の通路を通って持って来ているものらしく、しばらく届いていないため貯蓄が無いとの事だ。
「このまま盗賊共に塞がれてちゃ、南の品を名物にしてる店は軒並みダウンだ。南は農業地帯だし、東と北にも街はあるからほとんどの人間は無関心だが、その内街はぼろぼろになるだろうな」
「そうか…騎士とか、警護団体は動いてないの?」
「動いたって知らせは、今のとこないな。…全く、何をしてるんだろうな」
物流が途絶える程の盗賊が現れているのに、街の上は動く判断をしようとしない…怪しいな。これが"音"の正体だろうか?
「ま、ここだけの話しだが俺は上が怪しいと考えてる」
「…上?」
「あぁ、例えば領主とかな。」
「なんでそう思ったの?」
「警護団体すら動かないって、怪し過ぎるだろ。それに、南は気候が良いからか高級品も多いんだ」
なるほど、領主が高級品を独占しようとしているのではないかと考えているのか。
それは…無いとは言い切れないな。
「…ありがとう。ところで、お風呂を貸して貰ったお礼はどうすればいい?」
「風呂を貸しただけだし、嬢ちゃんは子供だろ?何もいらないよ。」
「…そう、ありがとう」
「あ、待った。嬢ちゃん名前は?」
その問いに少し考え——
「私はカデナ、別に覚えなくて良い。すぐ忘れるから」
それだけ言うと、私は宿屋の外に出た。
明らかに怪しい盗賊、途絶えた物流。お礼も兼ねて、ちょっと行ってみるか。
そう考えすぐに歩き始める。行き先は南の通路だ。
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