ボツ:幻想異世界連作集『素晴らしい1984年』

ふんばる観察機

リチャード・G.A.S ~『リバルゲンタ・ファントムファイターズ』

『リバルゲンタ・ファントムファイターズ』001

 リチャード・G.A.S(ゴラグ・アタラクテア・セプテントリオナリス)少佐は、いわゆる文明オークとしても細身で理智の富んだ戦闘機パイロットだ。

 彼の属する共和リバルゲンタの空軍は、ラング魔導国が面する東を除く西南北からの領空侵犯を日常的に受けている。

 2日間の当直において8度目のスクランブルは、魔界の戦略爆撃機Tu-95MSだった。

 戦争状態の教国筆頭のレコンキスタ同盟による隕石必中の絶対防空網を抜けるため、ラング魔導国により絶対を無効化されたリバルゲンタの空6000mに飛来している。

 同乗する不良娘なナビゲーターがバイザー越しにアッカンベーをして、機番とラウンデルがわかるようコンパクトカメラを連写させた。 

「魔界所属機へ警告。リバルゲンタ領空を侵犯している。直ちに退去せよ」

 リチャードは魔界の無線チャンネルを開けて、熟れた魔界語で警告する。

 しかしこの図々しいTu-95MSが、その程度で聖王教国方面への侵犯飛行をやめないことはわかっていた。

「繰り返す。リバルゲンタ領空を侵犯している。即時引き返せ」

 機番に覚えがある。以前に堂々とリバルゲンタ上空を横断してラング魔導国まで突っ込んだやつだ。

 呆れたリチャードはさっさとフレアをばしばし発射すると、Tu-95MSの真後ろについてバルカン砲のトリガーに指をかけた。

 意図を汲み取ってリチャードに連携した僚機のF-4Eファントムが、Tu-95MSを後方から挟む。

 十字に射線があってもまだ飛び続けるので、リチャードが命じる必要もなくナビゲーター席の不良娘が相手のミサイル警報を鳴らした。

 しかしこれでも転換しない。リチャードは怒り任せでマイクが拾わない事態だけは避け、ネイティブレベルの魔界語で淡々と明確にブチギレた。

「第384親衛爆撃連隊のアドルフォ・ドゥアルテ中佐。いい加減にしろ。俺達のファントムからのサイドワインダーか、同時に侵犯して撃墜されてんのに諦めないアホ聖王教国の愚鈍なドラゴン大群の撃ち漏らしからの火炎放射か、こっちのスクランブルに刺激されてあがってやっぱり入っちゃってるミュミラ姫の率いるアルカドラクの最強飛竜騎兵の雷撃魔法か、……さっさと出ていかねえか。これにはラングも流石に黙らんぞ。教国相手の戦争は他所でやれ」

 Tu-95MSはやっと従い右へ大きく旋回、魔界方面へと抜けていったのだった。


 周辺を半周し、異状なしを確認してから帰投する。

「まったく、アドルフォの野郎、今日は本当にしぶといこと……」

 マスク越しにリチャードが愚痴っていると、ナビゲーター席でレンジ設定を40kmにして走査を続ける火器管制レーダーが、その巨大生物をわずかに捉えたのだった。

「銀龍が起きてる!」

 不良娘なナビゲーターが年相応にときめくものだから操縦桿をゆっくり倒して大きく左旋回すると、リチャードもキャノピー越しに銀龍を視認した。

 大きい……さすが1万年は生きている、白銀に輝く鱗に覆われた神種に等しい古代のドラゴンだ。

 厳ついし凶暴にも見えるが、おとなしい。暴れることがあっても縄張りから出ないから野生動物以上の害はなく、近づかない限りは山腹の岩肌で2ヶ月近くは寝ている。

 たまにジェットエンジンに反応することはあっても火を吹くわけでもなく、ジェット音をかき消すぐらいに吠える程度だ。

 かつてはリバルゲンタの守り神だったそうだが、当の銀龍は知性がないのかあえて無視を決めているのか、少なくとも今のリバルゲンタに興味はないようだった。


 しかし……南からは聖王教国のドラゴン対空部隊、北からは魔界の戦略爆撃機……。

 スクランブル頻度の高さに慣れているとはいえ、今回は南北同時に侵犯してくれたので、リチャード含め要撃任務にある全員が普段より青ざめた。

 しかし普段通りに済んだので、リチャードは安堵でため息を吹く。

 なにせ西にあるアルカドラクだってあの姫様が先陣して、ほぼ毎日、精鋭の飛竜騎兵をあげやがる。

 特に害はないが共和リバルゲンタとしては無視もできず、南北に西を加えてそれぞれ1組ずつ計6機が、各方面へ同時にスクランブルするはめになった。

 ミュミラ姫にはいつもの愛嬌で誤魔化された亡命オーラ人の飛行隊長が「合流各機、残り燃料を報告せよ」と、合流した他のファントム機に交信した。

 すべての機が問題なしを返答する。リチャードも白灰色に塗られたアナログコクピットの燃料計を見張って、他のファントムと同じく「残り1時間40分」と報告した。

 飛行隊長は自機を先頭に他5機で射線陣を組み、静かな熱を込めて編隊へ下令した。

「全機、銀龍に対し、エルロンロールをもって敬礼する。我に続け」

 飴色に塗られた6機のF-4Eファントムは、斜線陣を組んでアフターバーナーを焚いていく。

 隊長機から順に重たい機体をきりっと左回転させながら銀龍の視野に入るよう飛行すると、銀龍は咆哮をもって応えたのだった。


 並行している3本の3000m滑走路は軍官民間機の離発着を互い違いに高頻度でされ、短い閉鎖時間で吸引清掃車と高圧洗浄車が傷の薄いコンクリート表面を豪快に洗っていく。

 ラング魔導国から飛来したディリーバ航空のDC-10-30F貨物機が、間借りした広いエプロンでハイリフトローダーの横付けを受けていた。

 別のエプロンでも、どこの鹵獲かスクラップだか知らないラウンデルなきMiG-21bisが、厳密な動作テストを経てから部品単位で丹念に分解されている。

 遠い西虜の大陸や東蛮の地へ輸出するのに、バラしたジェットエンジンを木組みのコンテナへ梱包する作業を、輪番の整備兵が知人の日雇いと共に威勢よくやっている。

 ラング側の周辺地域へ向け、離陸決心速度を突破したチャレンジャー601の乗継便やIl-18Vの地方チャーター便が、事故にならないぎりぎりのタイミングで舞い上がる。

 黄金連合あるいは冒険者ギルドの使節か貴族のプライベートだろう、くつわをされた中型種の赤いドラゴンが、御者に従って隅のヘリポートから飛び上がっていく。


 旗竿に掲揚された青一色の共和リバルゲンタ国旗が白抜きされた龍羽根だけの空軍旗と一緒に、ジェット排気と塩砂巻きの乾いた熱風で大きく翻った。

 豚口にタバコを咥えたリチャードは、自機ファントムの整備記録を捲っている。

 その完成ぶりに対し、整備兵へ日々の感謝を噛み締めるようにタバコを吸い上げる。

 タバコを吸い終えてハンガー横にある喫煙コンテナを出ると、新滑走路に佇む自分のナビゲーターと僚機クルーを見つけて、何だろうと駆け寄った。

 ハンズー系人造魔族の平たい顔の僚機パイロットが、蛇のようなドラゴンの意匠を貼り付けたヘルメットを脇にして、黙祷するように畏まっている。

 彼のナビゲーターをしているパシュトゥン系の深掘り顔も、ヘルメットを地面に置き、故人を偲ぶように佇んでいる。

「なにかあったのか?」

 リチャードがその場にいた自分のナビゲーターに話しかける。

 ダークエルフにしても路地で屯する不良娘のような銀短髪のミネルバ・ダンケンクが、吸いかけのタバコをパッケージに戻してから、バツの悪そうに肩を竦ませてポケットに両手を突っ込んだ。

「王国時代の墓地が出てきたって」

 フライトジャケット越しでもわかる褐色スレンダーな彼女の優麗な見返り姿と長睫毛の強い視線をもって、リチャードに指し示す。

 ミネルバが指したのは、延長工事を進めている掘削現場だった。

 3メートルほど掘ったところで発見されたのか。建設機械を停めて、総出の手作業で掘り出そうとしている。

 玉掛けを終えた工事作業員が細心の注意を向けて、クレーンに引っ掛けたワイヤーを巻くよう掘削の下から大声を張り上げる。

「なんだか悲しいね。弔いにいるべきリバルゲンタ人が絶滅してもう誰ひとりいない。あたしらみたいな余所者に掘り出されちゃってさ」

「王国が滅んで100年経つんだ。住民が絶滅してからも天変地異の連続だから、その時の記録や伝承だってほとんど残っちゃいねえ。せいぜい銀龍が守り神だったってぐらいだ」

 エアコンの利いた執務室から駆けつけたラング人の基地司令が、ジープの助手席から降りて人造魔族の現場監督から報告を受けた。

 司令は車載無線機で何やら用意を命じると、まもなく基地所属の軍用大型トラックが3台と、警らのジープが駆けつけた。

 軍服の緩みを整えながら荷台から降りる空軍兵が即席で用意した資材を下ろし、その場の作業員も手伝って緊張の面持ちで準備していく。

「見つけたからには粗末には扱えねえ。だからこうするしかねえし、こうすることを俺達が心から望んでいる」

 干ばつの塩害地から掘り出されていく装飾の朽ちた棺に、今の旗を元に銀刺繍の意匠を加え、かろうじて再現した王国旗を被せていく。

 整備兵の中からヤポン系の若い軍曹が、趣味同好も同然の軍楽隊を率いて、誠実な『抜刀隊』を命じる。

 近場から集められた種族雑多の警備兵によって、中古のAR-18突撃銃が着剣されて捧げられた。

 司令も勤務服のまま古樫の魔導杖を捧げ、近所から駆けつけた聖王教司祭が、酷暑の汗を丹念に拭いてから死者を奉る。

 説教中の司祭についてきた地元民や加わる群集が、謂れもわからない棺に遠くで避暑帽を取って、ただ静かに聖句を述べ、あるいは十字を切ったり念仏を唱えるなどしている。

「だったら、なんでこの国は、リバルゲンタの名前を引き継いだんだろうね。……イカすな名前だとは思うけど、でも今の国民は総じて根無し草で、知らないどころか由縁もないわけでさ」

 ミネルバの素朴な問いに、リチャードは答えられなかった。

 6人掛かりで担がれていくマホガニーの棺は、きれいなシーツと毛布の敷かれた軍用大型トラックの荷台へ整然と乗せられる。

 棺で一杯になるたびにクラクションを高らかに鳴らして、発進したトラックは霊柩馬車を真似て一旦の安置所とした公会堂へゆっくりと走っていった。

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