第26話 呪縛の残火

 昔のことを思い返す。

 あの日はいつもの飲み物と間違えて、アゲインでワインを飲んでボロ泣きしたのを覚えてる。

 アタシが何を喋っていたのかは思い出せない、ただ、普段は無口な魔女がアタシにこう言った。


「いいかい、アタシを参考にするんじゃないよ。変わりたいんなら、他の誰かを模倣しな」


 コルタルは、アタシの方を静かに見つめていた。

 いつもと違う、獲物を見るような眼光。

 アタシは今、コルタルの目にどう映っている? 手の毛に沈み込ませて触れると、強く強張り始めた。


「ブランコ、俺から離れていてくれ。大したことねえ催眠だったが、ねちっこい幻覚見せられて気分が悪い」


 コルタルは歯を食い縛り、目を瞑った。


「痛みとかあるなら言ってくれ。魔法で緩和できるかもしれねエ」

「俺のことは気に掛けんな」

「んなこと言うなよ。友達が苦しんでるとこなんて見てらんないって」


 漏れた息は、安堵のようだった。

 いいや、アタシがそう思いたいだけなのかもしれない。

 多分アタシは、未だにコルタルから信用を得られていないんだ。


 アタシはコルタルから離れ、虚ろな笑みを浮かべながら焚き火前に座り込む。

 魔法で火をつけ始めると、グラシアが体を起こし、寝ぼけ眼でフラフラと近付いていった。


「すみません、実は眠れなくて。コルタルさんの容態はどうなりましたか?」

「さっき起きた。今は休んでるよ、そっとしておいてやってくれ」


 焚き火中で黒ずみ、少しずつこの世ではないどこかへ消えていくクァンタム卿の体。

 消化が終われば、コルタルは元気になるだろうか。

 振り向けば、地べたに寝転がるその様子が見られるけど、振り向けない。


 罪悪感で固まっていると、アタシの隣へ、グラシアが静かに座る。


「ヒッ!? あ。す、すみません。コルタルさんのため、大きな声は出さないつもりでしたのに」


 火の中にある肉片、臓物を見たグラシアは、強く目を瞑り祈るように指を組んだ。


「複雑な気分です。シェルターの皆さん、私目の父と母、クァンタム様まで死んでしまうなんて」

「アタシに報復したいんなら、いつでもいいぞ。でもコルタルは悪くねえからな? 恨む相手を間違えるなよ」

「赦します。コルタルさんが生きるためには、何人もの犠牲がなくてはなりませんから。それに私目は、ブランコさんのおかげで今を生きられています」


 体温が近付いてきて、肌が触れる。

 震えていて、不慣れで落ち着きのない抱き締め方。

 何だか心の奥がくすぐったい、抱き付かれるのはどうも苦手だ。


「んふっ、悪いな。コルタルが持ってる呪いは、一度殺しでもしないとどうしようもない。イヤでも赦してもらう他ねえんだ」

「イヤなんかじゃありません。コルタルさんは冷徹ですが、いざという時は必死に心の温もりを届けてくださるお方です。ブランコさんを助けに行ったのも、アルディくんを助けに戻ったのも、きっとそうです」


 抱き締める腕が、とても暖かく感じられる。

 アタシは、こんな感情を抱いていいのだろうか。

 友達を生き返らせて、愚かな自分を殺す、ただその為だけに死の刻印を受け入れたというのに。


 コルタルにだってまだ、たくさんの隠し事をしているのに。


「ブランコさん。私目は、コルタルさんが人を殺さなければ生きることすらできなかったというのを、上手く考えられていません。きっと辛いのだと、想像することしかできないのです。辛いのなら、寄り添いたい。私目も、コルタルさんの苦しんでいる姿は見たくありません」

「……コルタルは一人で食糧調達を続けてたみたいでさ。人狼のみんなは、人間が喋るだとか、そういうの知らなそうだった。だから、辛さを背負い込んでたのはあるのかもな。アタシも一緒に背負えたら。少しは役に立てると思ったんだけどナ。クァンタム卿の攻撃を受けてとだなんて、酷い結果を招いちまった」

「そんなことはありませんよ。辛い分、幸せなことが必ず起きます。いいえ、私目が起こしますから」


 頭を撫でてくるその手に、身を任せる。

 ただの数合わせで生き返らせて、故郷を滅ぼしたってのに。

 贖わなくていいはずがない。

 なのに、誰も罪を課してくれない。


 かつての苦しさが増して、膨張していく。

 腕に爪を深く、食い込ませていきたい。

 痛みに意味なんてない。


 死だけが、アタシに罪を味合わせてくれる気がする。

 自分に罪を課すかを決められるのは、最期はアタシだけなんだ。

 死の刻印を消さない為にも、我慢しないと。


 明るくし続けていかないと。


 アタシは、ニヘラと笑みを浮かべた。

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