第14話 人間と黒猫

 ブランコはゆっくりと目蓋を開き、いつものように、ニヘラと笑みを浮かべる。


「コルタル。また、助けられちまったみたいだな。あの時とおんなじだ」


 あの時、か。生物の負の側面が垣間見える、忌まわしい光景だった。




 核が落ちた後、人間の匂いを頼りに着いた村では、ブランコを除く全員が防護服を着ていた。

 崖囲いの地に仮設されたテントで配給が行われる中、ブランコは深い傷跡の体のまま隅で逆さ吊りにされており、笑みを浮かべていた。

 少し食糧を持っていく、という予定だったのだが。


 食事を済ませた男がゆらゆらとブランコへ近付くと、殴り、ナイフをその腹に突きつけ始めた。


 俺の体は、もう動いてしまっていた。

 吊る柱を割り、ブランコを抱き抱えると、神の仲間だ、と男は呟く。

 既に喰い千切ってあるナイフを握る腕から、記憶が流れ込んだ。


 ブランコは初め、ここの人間たちと出会い交流していた。


「何だソイツは」

「この子もシェルターに入り遅れたそうだ」


 異質だろ? 核が落ちてきた理由の手掛かりになるかも知れない、と男は相手から耳打ちを受ける。

 ブランコは子供から耳を触られながら、ニヘラと笑みを浮かべていた。

 男の不安な感情と思考が、流れ込んでくる。


 確かに妙に気楽な様子だ。

 監視しなければ害となる可能性もある、コイツから目を離してはいけない。

 男は、ブランコを鋭く睨む。


 曇り空へと変わる。ブランコが男と共に配給の手伝いをしていたところ、誤って指を切る。

 血を地面に振り払い、泥水で手を洗う最中に、ブランコの傷口は塞がっていた。


「オマエ、さっきの傷は」

「ああ。アタシは傷の治りが早いんだ」


 男は、ブランコの腕を掴み上げる。

 このままではどのみち、放射能にやられた食材の影響で逃げ遅れた人類は滅ぶ。

 そうだ。コイツの出現は、神による救済かも知れない。


「人魚姫の伝説を、不死鳥の伝説を聞いたことはあるか?」

「知らないな」


 男はブランコの腕を包丁で斬りつけ、流れ出た血を啜り、半狂乱の笑い声を上げる。

 掴んだままの腕を握り締め、男は叫んだ。


「みんな! コイツの血肉を食えば、オレたちは放射能で死なずに済む! これは神の救済なんだ!」


 周囲がざわめく中、ブランコの腕を何度も斬りつけ、千切ったそれを投げ捨てる。

 啜った血に活力を感じた男は防護服を脱ぎ、ガスマスクを外し、深く呼吸した。

 奇異を見る視線を、男は感じ取る。


「イかれてるのは分かってるさ。ただ、オレより先に誰かが死んで、それが核汚染によるものだったなら。この肉塊によって、オレたちは新たな人類の道を歩めるんだ。地下に逃げ隠れた奴らを出し抜いて、新たな社会を作ろう!」


 賛同する声が上がるか、上がらなかったか。

 それは既に問題ではなかった。

 奇行を成してしまった男を目の前に、周囲の人々は恐怖で体を強張らせる。


 男による支配が、小さな仮設所を覆い始めていた。

 見る価値のない記憶の始まりだった。


 ここの住民を殺し尽くすのには、一秒もかからなかった。

 テントは噴き出す血に汚れてゆき、人間たちは息絶え、地面に這いつくばる。




 あの時のブランコは、普段よりも寂しそうな笑みを浮かべていた。

 まるで、人間たちから殺されなかったことを残念に思うかのように。


 今も、同じ笑みだ。

 崩せよ、そんな表情は。


「そんで、山に登ってく時のあれは何だ」

「歌詞のワンフレーズ。それよりもさ、半人狼はいなかった」

「骨共の見間違えだろ。でもな、だからってまた俺を殺そうとするんじゃねえぞ」

「そうだな、悪かった。でも死んでからすぐじゃないと蘇生できないからな、アタシの傍から離れないようにしてくれよ?」


 ブランコは疲れ切った様子で話すと、いつものニヘラ顔を再び見せ、目を瞑った。

 

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