第13話 魔女

 山頂は崩れ、岩の雨が辺りに降り注ぎ、地表を幾度も叩き潰す。

 こちらまで、岩が迫り来る。

 拳をぶつけて叩き割ると、スケルトンたちがコチコチと拍手を始めた。


「爆発したねえ。原因は」


 俺はスケルトンが喋る合間、気付けば山へと走っていた。

 なぜ爆発したのか、俺たちの事情を知らないスケルトンが用意した訳もない。

 ブランコ自身が爆発を起こした、或いは人狼と人間のハーフが存在し、罠を仕掛けていたと考えるのが自然だろう。


 蘇生という規格外のことをやったヤツが、死んでいるとは思えないが。

 風を切る間も、嫌な胸騒ぎが続く。

 アイツは黒猫だ、人狼じゃねえ。なのに俺はブランコのことを仲間だと認めちまっていたのか?


 俺は土煙に覆われた麓を抜け、山を登り、転がり来る岩の大玉を弾き飛ばす。

 揺れ響く足場に、体制が崩れる。

 爪を地に刺し、登り続け、ようやく爆発地点へと着いた。


 辺りには不気味なほどの静寂が流れており、土煙が浮かび怪しげな雲を作っている。

 雲の下にある二つの人影が見え、安堵の息が漏れた。

 無事か、そう呟くや否や、見慣れた人影がもう一つの方へ倒れ込んだ。


 つばの長い、先の捻れた帽子。

 大きく垂れた鼻、黒い輝きの結晶杖。

 ブランコは、主人……いいや、魔法の師匠に殺されたのか?


 俺は歩みを止め、最悪な状況の予測を振払うつもりで、咄嗟に身構える。

 相手が未知数な存在である以上、迂闊に攻撃もできないか。


「アンタ。ブランコの友達かい?」


 体が動かしづらい。この異様な重圧感は何だ?

 今まで生き延びるために幾らかの怪物を葬ったこともある、負傷し、死にかけたこともある。

 なのに、これほど強者を予感させられたのは、初めてだ。


 突然に雲が霧散し、人影が明るみに出る。

 ブランコの方は、気を失っているらしい。

 それを抱える魔女が、糸目に笑みを浮かべた。


「この子は死ぬよ」


 俺の反応を窺うかのように魔女は目を見開くと、甲高い笑い声を上げる。

 今は、相手の動きに目を見張るしかない。

 ブランコのことは、魔女に対処した後だ。


「えらく落ち着いてるねえ。とりあえず、警戒を解こうか」


 そう魔女が言い放った途端、辺りの景色は懐かしい青空を見せ、重圧感が消え去る。

 油断するのは愚かだが、コイツのペースに合わせて置いた方が穏便に済みそうだ。

 俺は構えを解き、無防備に立ち尽くす。


「オマエは何故ここにいる? ブランコの話じゃ、主人は聖域に向かったそうだが」

「答えてあげるよ。ここからじゃ聖域が見えちまうもんでね。人間たちから存在を隠すよう、見晴らしのいい場所に爆破魔法を仕掛けて回ってんのさ」


 魔女はブランコと似た黒猫の姿へと変容したかと思えば、狼の耳と尾を生やした人間の少女へと姿を変え、長い髪をかき上げる。

 今までやってたブランコとの会話は、コイツに聞かれてたのかよ。

 俺は、苦虫を噛み潰すような顔をした。


「オマエの目的はどうだっていい。死ぬってことは、ソイツはまだ生きてんだろ? 魔女の力で何とかしろよ」

「訳あってね。この子には、禁断魔法を行使する対価として、死の宣告を与えてある。アンタの連れ歩いてる人間よりも、ずっと早く死ぬだろうね」


 魔女の身体が透けて消えゆき、ブランコの体が地面へと傾いていく。


「オマエ、なぜ弟子に制約をかけた」

「弟子ねえ。そこまで興味を持ってるんなら、いずれ知ることになるだろうよ」


 消失した魔女から落ちるブランコを抱え、いつもとは違う表情を怪訝に覗き込む。

 それは、苦しげに涙を浮かべた顔だった。



  

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