第4話 人狼と少年

 赤い満月が光り輝く中、コルタルは地面に項垂れてしまう。

 少年は慌てて、その口元へと手を向け生死を確認する。


「よかった、息してる」


 ギラリと光るコルタルの爪に、少年の目がいく。

 指先で触れただけで、プクリと血が漏れ出る。


「ツゥーッ……いい切れ味だな」


 担ぎ運ぶため、僕は狼男の手を引く。

 その大きな体を持ち上げると、軽々と背に乗った。

 不安な気持ちを孕んだまま、僕は荒野を進む。


 道中で脳裏には、日の出の元、調子に乗った素早い動きの社交ダンスに舞う吸血鬼たちと、それを褒め称える人間たちの姿が浮かぶ。


 運びながら、僕は顔を顰める。

 狼男の最期とした言葉、満足そうに浮かべていた表情。

 そこから感じたのは絶望ではなく、狼男の義理堅さだった。


 父と母が死んだのであれば、やるべきことは、ただ一つ。

 今なら武器がある、不死を滅する銀の爪が。


 吸血鬼を殺す、奴らを全て滅ぼす。

 人間が穏やかに暮らすその時のため、悪いヤツらは居ちゃいけない。


 ポケットからの振動音で、スマホを取り出す。

 充電が切れかけてる。まさかと思ったが、やはり繋がらないままだ。

 僕は落胆し、手からスマホを滑り落とした。


 その画面は、一瞬で砕ける。


 着いた場所では、銀髪を背で二つに束ねた小さな尖耳の少女が、シェルターの扉に座り込んでいた。

 間違いない、昔、俺の血を吸おうとした吸血鬼だ。

 吸血鬼は僕に気付いたか、ふとこちらを見上げ、垂れ出ているヨダレをフリルの黒い袖で拭う。


「アルディ。戻ってくるって、信じていました」


 顔を赤くし、口元を緩ませる吸血鬼。

 黒いウエディングドレスを風に揺らしているコイツは、男児に押し倒されるくらい力が弱い。

 素手でもいい。弱らせられれば、今は銀爪がある。


 つまり、殺れる……!

 最期に復讐くらいは、させて貰える機会が巡ってきた。

 コイツだけでも吸血鬼を殺せれば、俺はもうそれで充分だ。


「ずっと待っていましたよ」


 両腕を拡げて笑む吸血鬼。

 狼男を降ろし、立ち上がった吸血鬼に向かう僕の足音は、一歩、一歩と強まっていく。

 デカい蚊がッ、コイツのせいで父と母はッ!


 バチッ。


 動かない吸血鬼の頬を引っ叩く。

 すると、吸血鬼は鼻血を垂らし、ゴポッと血と牙を吐き出した。

 赤く腫れ、汚れた顔の吸血鬼は、尚も笑顔を向けてくる。

 雑魚のくせに、不老不死だから牙がなくなっても余裕ぶってんのか。くそッ。


「何がおかしい。お前のせいで、僕の父と母は死んだんだぞ!」

「であれば、あなたの怒りを私目に」


 殴ると、吸血鬼は簡単に吹き飛ぶ。

 なのに、足を震わせながら立ち上がると、再び両腕を拡げた。

 現に涙を流し、血の入り混じった鼻水を、笑んだままでドロリと垂らしている。


 ──フッと黒い線が伸び、吸血鬼は胸元から血を吹き出して倒れ込む。

 何が起きた? ……いいや、狼男が襲ったのか。

 狼男は少女の首元を噛み切ると、続けてガキゴキと骨ごと喰い始めた。


 少女は無抵抗のまま、虚ろな青の目で狼男を眺め、彼の体毛を小さく撫で下ろす。

 そうして服も残さず、喰い尽くされていった。

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