風の竜

悠犬

第1話

 父の大きな腕に抱えられたカラルは、柵で囲われた放牧場の中にいる獣たちを、その丸い瞳でじっと見つめていた。


 黒曜石のように黒光りする鱗。馬のような銀のたてがみ。鞭のようにしなる長い尾。鏃を想起させる無数の牙。ギラギラと黄金に輝く、満月のような双眸そうぼう。トカゲのようなその獣は、しかし二本のたくましい脚で大地を踏みしめていた。


「おとうさん、あれなあに?」


 カラルは父を見上げ、獣の正体を訊ねた。


「あれは駆竜くりゅうだよ。駆け回る竜と書いて、駆竜」


「くりゅう……?」


 初めて聞くその名前を反芻しながら、カラルは首を傾げた。


「そう、駆竜だ。かっこいいだろう? 父さんたち〝竜飼い〟はね、こいつらを立派に育てる仕事をしているんだよ」


 父の首にかかっている鱗の首飾りが煌めいた。

 カラルは駆竜に目を戻した。大きなあくびをしながら、草原に寝そべっているものや、のそのそと歩いているものがいる。気持ちよさそうに春風をその身に受けて、たてがみをたなびかせていた。

 突然、カラルの目の前を一陣の風がびゅんと音を立てて過ぎった。カラルはそのを目で追った。


「元気だなぁ、あんなに全速力で駆けっこして」


 二頭の若い駆竜が並んで競争をしている。楽しげな鳴き声を上げて走る姿は、見ていて微笑ましい。


「おとうさん、駆竜ってとってもはやいんだね」


 カラルは目を輝かせて父を仰ぎ見た。


「そうだろう? どんな馬よりも速いんだ。それに、とっても強いんだよ。ほら、あの牙!」


 父はあくびをする駆竜の口の中を指さす。


「あの牙でなんでも切り裂いてしまうんだ。鎧なんて紙みたいに。……こいつらに、この国はずっと守られてきたんだ。お父さんは、そんな駆竜たちを育てるこの仕事が、とっても誇らしいんだ」


 へぇ、と相槌を打ってから、日差しを受けてきらきらと輝く駆竜に目を向けた。


「きれい……」


 思わずそうこぼした。


「……おとうさん」


「どうした?」


「おれ、いつか竜飼いになる! それで、はやくてきれいな駆竜をそだてたい!」


 それを聞いて、父は目を細めて優しく笑いかけた。


「きっとなれるさ。カラルは父さんの自慢の息子だからな」


 カラルは、そよ風に揺られる草の音と駆竜たちの楽しげな声を、いつまでも聴いていた。

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