第41話 生まれ変わった少女

​「あ? まだ何かあんのかよ」


​俺が、心底面倒くさそうに振り返ると、そこに立っていたのは、俺が知っている『小鳥遊ひまり』ではなかった。


もちろん、外見は同じだ。栗色のツインテールも、少し大きめの瞳も、何も変わらない。

だが、その瞳に宿る光が、全く違っていた。

これまでの、怯えや、遠慮の色はどこにもない。そこにあるのは、十年という長い呪縛から解き放たれた者の、澄み切った安らぎと。

そして、隠しようのない、まっすぐな――光だった。


​「はい!」


彼女は、満面の、太陽のような笑顔で頷いた。


「ありがとうございます、影山先輩。私の、十年を……救ってくれて」


彼女は、俺の目の前で、深く、深く、頭を下げた。


​「お、おう……。別に、いいってことよ。俺も、あんたの悲しい顔が頭から離れなくて、うっとうしかったからな。これで、せいせいした」


あまりにも素直で、デリカシーのない返事。


しかし、彼女は、そんな俺の言葉に、くすくすと、花が綻ぶように笑った。


「はい。知ってます。先輩が、そういう人だってこと」


「影山くん! 小鳥遊さん! 」


俺たち間に流れる空気を切り裂いて、けたたましい足音が近づいてきた。


血相を変えた姫奈を先頭に、レンとシオリが、息を切らしてこちらへ駆け寄ってくる。俺が独りで抜け出したことに気づき、慌てて追いかけてきたのだろう。


そして、彼らは見た。

夕暮れの中庭に咲く、虹色の奇跡の花。

涙の跡が残る頬で、幸せそうに微笑むひまりさんを。


​「……影山くん。これは、一体、どういうことかしら」


姫奈の圧のこもった声。


「えぇ…」

(めんどくせぇことになった)


しかし、姫奈の問いに答えたのは俺ではなかった。


​「会長!」


ひまりさんが、姫奈の前に、堂々と立ちはだかった。


「実は悩みを先輩に聞いてもらってたんです……でも、もう大丈夫です!」

「ほら見てください!これも先輩のお陰なんです!」


中庭の端に咲く、一際目立つ花。

ひまりさんはそれを指した。


​「は!? いや、違う! こいつが勝手にやっただけだって! 俺は、ほんのちょっと、アドバイスしただけで……」


俺の必死の言い訳も、ひまりさんの、太陽のような笑顔の前には、あまりにも無力だった。

姫奈とレン、そしてシオリの、信じられないものを見るような、それでいて「やはり、そうか」と納得しているような、複雑な視線が、俺の全身に突き刺さる。


​(終わった……。俺の、陰キャとしての人生が、完全に終わった……)


俺は、その場で崩れ落ちそうになった。


「……もう帰らせて」


----------------



​翌日。

教室のドアの前、そこには、当たり前のように、ひまりさんが立っていた。


「おはようございます、先輩!」

「……お、おう」


彼女は、にこにこと笑いながら、俺の席までついてくると、机の上をハンカチで丁寧に拭き始めた。クラス中の視線が、痛い。

​昼休みになれば、当然のように、彼女は手作りの豪華な弁当を持って、俺の元へやってくる。


「先輩! 今日は、先輩が好きだって言ってた、生姜焼きを多めに入れてきました!」


その献身的な姿は、もはや学園の新たな名物となりつつあった。

​そして、その平和な(俺にとっては地獄の)光景を見て、他の女たちが、動き出す。


「……影山。これ、食べる?」


シオリが、いつの間にか俺の隣に座り、自分のサンドイッチを半分、無言で差し出してくる。ひまりさんは卵焼き、シオリはサンドイッチ。


​「カゲヤマ。貴様の鈍った耳を、僕の音楽で鍛え直してやる。放課後、音楽室に来い。強制だ」


レンが、有無を言わさぬ口調で、俺の放課後を強奪していく。

​そして、その全てを、生徒会室の窓から見下ろしていた姫奈が、最終兵器を投入する。


『――生徒会から、二年の影山ケイトくんへ連絡します。至急、生徒会室まで来てください。これは、業務命令です』


「やめてくれぇぇぇ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る