第28話 武の国ゴシャン

ジョージが宇宙を旅して着陸したのは、

天を衝くような山々が幾重にも連なる大陸の東端に位置する神秘の地

――惑星ゴシャンの首都ウーリン

岩肌が剥き出しの断崖に抱かれた谷間に、数百の石造建築が段状に並ぶその様は、まるで山と共に生きる民の要塞都市のようだった。

家々の屋根はどれも低く、重厚な瓦と木材を用いた直線的な設計がなされ、装飾は最小限。

代わりに、建物の壁面や門には『気』の流れを視覚化したような抽象的な文様が彫られており、まるで建物自体が呼吸しているかのような錯覚を起こす。

道には老人から子どもまで白い道着を纏った人々が歩き、荷車ではなく背負い籠を使う文化が残っていた。

都市の中心部には十二支の像が環状に並び、その中央に巨大な石碑が聳えている。

そこには、"天下無双"の文字が金色で彫られていた。

ジョージは石階段を上りきると、重厚な門の前に立つ。

門の上には『修道総本山』と古い文字で刻まれており、

その前には受付のような小屋があった。

中から現れたのは、銀髪の老人。

長い白髭をたくわえ、目は細く笑っているが、

その身にまとった気配は鋭利な刃のようだった。

「よく来たな、旅の者。ここはゴシャン修道十二道場。

気の道を求める者に門は開かれておる。目的は?」

ジョージは軽く一礼して言った。

「俺は、シェンダオの武術を学びに来た。修行を積みたい」

老人は一瞬、目を細めたままジョージを見つめ、やがて静かに語り始めた。

「……容易い道ではないぞ。簡単に修行の説明をするぞい。

この地には道場が十二校ある。

それぞれ、干支を象徴する動物の性質に倣った武術体系を持ち、

十二の最高師範によって管理されておる。

そして年に一度開催される武の頂点を決める大会、それが“天下無双大会”である。

優勝者には“天下無双師範”の称号が与えられる。

これは単なる名誉だけではなく、ゴシャン全体の政治的決定をすることのできる、

実質的な王になると言う事だ」

ジョージは興味深そうに聞き入っていた。

「お前のような外者がこの地で武術を学ぶには、まず“開気の儀”を受けねばならん。

これは気の流れを体に宿し、シェンダオ武術の基本である気を体内でコントロールし力に変換する事に適応できるかを試す儀式だ」

「それに通れば、道場で修行できるってことか?」

「そうだ。一つ一つ12道場を巡り、

全ての流派を学んだ時、師範の称号が与えられる。挑戦する覚悟はあるか?」

ジョージは黙って頷いた。

――そして現在、滝の前にて彼はその試練の第一歩に挑んでいた。

この儀式――『開気の儀』とは、気の道に入るための通過儀礼。

己の内に流れる気を自覚し、自分で感じ取り、

流れをコントロールできるか試すものだ。

しかし、ジョージには何も感じられなかった。

(……やはり、俺の体ではこの世界の“気”は流れないのか)

不安と諦念が胸に広がる中、突然、視界が白く塗りつぶされた。

再び現れた、あの空間。

無限の白。

何もない場所。

そして現れる、ゲームコントローラーを手にした少年――運命神。

「また来たな、ジョージ」

ジョージは驚きもせず、静かに頷いた。

「……開気の儀を受けていたが、やっぱり“気”は使えないんだな」

「当然だ。君の肉体はこの世界の理で構成されていない。

魔力やスキル、そういった別の法則に基づいて構築されている」

「なら、ここで俺の修行は終わりか?」

「いや、それを決めるのは君自身だ。

君は“変わりたい”と願い、“学びたい”と行動している。

運命を超えて道を選ぼうとする者に、私は手を貸す」

運命神は指を鳴らすと、十二の輝く光の輪がジョージの周囲に現れた。

それはまるで十二支の獣たちが彼を囲むようだった。

「参考に教えてやるけどな、本来この儀式にはシェンダオの守護神

――シェンロンが現れ、修行者に加護を与える仕組みなんだ。

この世界に古くからいる“種族神”たちの役割で、それぞれの種族を導く存在として、戦争や政治、文化にまで影響を与えている。

ヒューマンには“ミネルバ”、ヴォラクには“アテナ”、

そしてこのシェンダオ人には“シェンロン”がそれぞれの神として見守っている」

ジョージは神妙な面持ちで聞き入りながら、そっと問う。

「……なんで俺にはその加護を受けれなかったんだ?」

「それは君が“運命神である私”の加護をすでに受けているからだ。

私は彼らより上位の存在。

ゆえに、下位存在である種族神たちは、

すでに私の加護を持つ君には干渉できないのだよ」

運命神はジョージを見つめながら続けた。

「今回はそれがデメリットになりかねないので、代わりに成長できる手段を与えよう。

君が修行を通じて気の特性を理解し、

使いこなすための“スキル”――この《モードチェンジ》を授ける」

運命神は小さな光の球をジョージの胸元に向けて飛ばす。

それは彼の身体に静かに吸い込まれていった。

【ユニークスキル取得】

名称:《モードチェンジ(Mode Change)》

効果:戦闘中、気の流派スタイル(干支流)を切替可能。

・使用可能モード:0/12 (各流派モードは、該当する道場の最高師範との対決に勝利することで順次解放されていく)

「この力で、君はこの地で唯一、すべての流派を渡り歩く存在になるだろう。

だが、それは簡単な道じゃないぞ。準備はできているか?」

ジョージはゆっくりと拳を握り、うなずいた。

「ああ。俺はもっと強くなって家族をこの世界を守らないといけないんだ」

その瞬間、白い空間が静かに消えていき、再び滝の音が耳に戻ってきた。

ジョージの周囲にあった気の気配が、呼応しているように感じられた。

彼の修行は、ここから本格的に始まる

開気の儀が終わり、修道院の高台にある石造の記録殿では、

判定者たちが儀式中に収集されたデータに目を通していた。

記録殿の窓からは、霧に包まれた山々がいくつも連なり、

朝靄のなかに十二の道場の屋根が点在して見える。

山肌には大小の滝が縦に走り、そこから発せられる水音と風のうなりが、

まるでこの地が“生きている”かのような気配を放っていた。

霊峰の中央に立つ一本の巨木は、遠くからでもその存在感を放ち、

まるで神の目のように山域全体を見下ろしていた。

そんな神秘の大地を背景に、老賢たちの視線は一人の男の記録に釘付けとなっていた。

「これは……ありえん……」

銀髪の判定者が、開かれた巻物状の記録スクリーンに目を走らせ、絶句する。

「新入りのジョージとかいう男……気の流れが“見えなかった”のではなく、

“測定限界を超えていた”と……?」

「通常の修行者は最初、体内の気を微かに流すだけで、

それを数ヶ月かけて安定させる。

それがこの数値……まるで何十年も気を鍛えた仙人のような流量だ……」

「まさか、ヒューマンでこれほどの数値を出せるとは……」

修道院長は静かに頷いた。

「本人はまだ気の感覚を知らぬ様子だったが、この流量は異常だ。

制御を誤れば暴走を起こす可能性すらある……」

一同が沈黙する中、院長はゆっくりと命じた。

「この男には基礎訓練を飛ばし、すぐに道場師範の直接判断を仰がせよ。

……まずは、最初に虎家の門を叩かせる」

その言葉に、周囲の者たちがどよめいた。

「虎家……いきなりか!?あそこは十二道場の中でも剛力と攻勢を重んじる流派だぞ」

「だが、最も“気”を実戦で使いこなす師範が揃っている。

異質な気を持つ者を判断するなら、あそこが最適だ」

その数時間後、ジョージは虎家へと向かう道を歩んでいた。

彼はまだ、自分の体に宿った“気”の膨大な流れも、

《モードチェンジ》というスキルの真価も、何も理解していなかった。

しかしその背には、

修道院中が注目する“異質なる修行者”としての眼差しが静かに注がれていた――。

虎家の道場は、断崖絶壁の中腹に建てられていた。

岩盤を削って築かれた石の階段を上りきると、分厚い木製の門が姿を現す。

門の上には“虎魂不滅”と彫られた重厚な木板が掲げられ、両脇には巨大な石虎の像が睨みを利かせていた。

敷地内は広く、岩肌を活かした鍛錬場が複数設けられ、気を打ち込むための巨岩や、拳の痕が残された丸太柱が整然と並んでいる。

空気には熱と汗、そして戦気が満ちており、ここが単なる修行場ではなく、戦士たちの魂が刻まれる場所であることを感じさせた。

ジョージはその門の前で立ち止まり、静かに深呼吸する。

これが、自身の気を見極めるための最初の試練となる。

彼の目の前にあるのは、猛虎の如き力を誇る武の門――虎家。

そして物語は、次なる舞台へと歩みを進める。

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