第22話 アースへの帰還

マイノグラフの重力場は、融合体の死滅と共に徐々に安定を取り戻していた。

廃墟と化した都市の上空には、微細な光子の粒が舞い、意外にも幻想的であった。

調査隊はシャトルに乗り込み、アトラス艦への帰還ルートを確保した。

依然として重力波の余波により航路の安定性は完全ではなかったが、

アルノの操縦技術のおかげで難なく重力場を突破できた。

ジョージのインベントリによって死体を確保できたことが、

今回のミッション最大の成果だった。


アトラス艦に到着後、ブリッジでは、マリアが報告書の整理に追われていた。

彼女の前には融合体のスキャンデータがホログラムで投影され、

いくつもの解析モジュールが情報を組み上げていた。

「やはり……通常のザーグ兵とはまったく異なる構造。

ルミエル系のマナ伝導細胞と、ヴォラクの神経回路制御素子……

そしてザーグの再生核。この組み合わせが、融合体の正体を裏付けてる」

ジョージがその背後から覗き込む。

「もう確定ってことか?」

「ええ。これが遺伝子融合された新種のザーグであることは明白よ。

しかも、単なる合成ではないわ。

それぞれの種族の戦術特性を極限まで引き出している……厄介な存在ね」

その会話の最中、ブリッジにアンジェラの通信が入った。

『アトラス、こちらセントラル。状況報告を』

マリアが即座に応答する。

「こちらアトラス。マイノグラフにてザーグ兵との交戦あり。

戦闘は終了。

──未確認の強力な個体2体とも戦闘を行い無事、新入りのおかげで撃破しました。

死体は回収して、現在帰還中」

『強力な個体?……それはどういう事だ?』

「こちらで分析した結果、

ルミエル人とヴォラク人の戦術特性をザーグの遺伝子と組み合わせたように見えます。

データもすぐに送信します」

アンジェラは数秒の沈黙ののち、低い声で告げた。

『その個体、必ず中央研究局へ引き渡して。あらゆるセキュリティを解除しとくから。

必要なら護送艦も出す』

「了解。引き渡しの手配をお願いします」

通信が切れた後、ジョージがぽつりと呟いた。

「ザーグが他の種族と融合していた、これは高度な遺伝子化学……」

マリアはその言葉に応えるように、ホログラムを閉じた。

「そうね......

今までザーグの事は未知数であったが、

これで確実に単なる野性的な種族ではないと断定できるわ。

あなたが加わったことで、私たちはようやく前進できたように思うわ」

ジョージは静かに頷いた。

「家族を探すっていう、俺の目的は変わらない。

しかし、この世界の存亡がかかっているなら……俺は戦おう」

廃墟の静寂は終わり、次なる局面が静かに姿を現しつつあった。



セントラル本部に戻ったアトラス艦が着艦するや否や、

中央研究局の科学者たちが護衛部隊と共に乗艦してきた。

ジョージがインベントリから取り出した融合体の死体は、

即座に完全隔離されたコンテナへと封印され、厳重な警戒の中で搬送されていった。

「……やれやれ、どんな化け物かは研究者たちの反応で大体分かるな」

アルノが呆れたように呟いた。

ジョージは船外の光景を眺めながら、心をどこか遠くに飛ばしていた。

家族はこんな危険な脅威がいる中、無事でいるのだろうかと考えていた。

ほどなくして、ジョージはアンジェラの執務室に呼び出される。

「来てくれてありがとう、ジョージ。座って」

アンジェラの声はいつになく柔らかかった。

だが、その瞳には憂いが宿っている。

「結論から言うわ。今回の任務中にあなたの家族の捜索も行ったけれど……

見つけることはできなかった」

ジョージは拳を固く握った。

「そうか……アースにいるはずの妻実佐についてもか?」

アンジェラは小さく頷き、ホログラムを操作して地球──

いや、アースの大陸構造図を表示する。

「実佐さんについては、逆に“見つからなかった”ことが、

ある意味で手がかりになったの」

「どういう意味だ?」

「あなたも知っているでしょう?今のアースでは“通貨”の概念はない。

代わりに、個人の社会貢献度を評価して衣食住や公共サービスのアクセスが決まる。

そのために、住人は全員ID装置を持ち、活動記録が保存される」

「それは知っている。自分の時代からしたら一番大きな変化だったな。」

「そう。だから逆に言えば、IDがなければ、アースで生活するのは極めて困難……

なのに、実佐さんのID記録が一切存在しない」

ジョージは息をのんだ。

「つまり……?」

「推測できる可能性は三つ。

ひとつは、IDを持たずに生活している──

が、これは水や電気、住宅アクセスすべてがID管理されているアースではほぼ不可能。

二つ目が、……死亡。

けれど、あなたと同等の能力を持っているなら、簡単に殺されるとは思えない」

「……もう一つは?」

アンジェラの表情が僅かに引き締まる。

「IDの管理外、つまり“アライアンスの手が届かない場所”にいる可能性がある。

アースに一箇所だけあるのよ......──ミネルバ教会よ」

ジョージの表情が変わる。

「ミネルバ……?あの、治癒魔法を使える人たちの?」

「そう。ミネルバ教会はアライアンスには属していない。

戦争中の重要性から中立が認められてるけれど、

私ですら簡単に干渉できない場所なの。注意して、最近は悪い噂も多く聞くからね。」その言葉に、ジョージの瞳が鋭くなった。

「……治癒魔法使いが集まる教会、か。確かにあいつがそこにいる可能性はあるな」「ん?」

「実佐は、俺たち家族にとって“癒し”的存在だった。

優しさで包んで、支えて、導いてくれた。

家族全員が……あいつに救われてたんだ」

ジョージは拳に力が入る。

「そんな彼女が、神から与えられるとしたら──間違いなく“ヒーラー”の力だ。

そして、そのヒーラーが集まる場所がミネルバ教会なら……

あいつがそこにいるとしか思えない」

ジョージはゆっくり立ち上がった。

「行かせてくれ。俺は……あいつがそこにいるって信じてる」

「待って。気持ちはわかる。でもあそこは厳重に守られてる。

正面から乗り込んでどうにかなる相手じゃないわ」

それでも食い下がろうとするジョージに、アンジェラは声のトーンを変えた。

「だから、私が動く。

今回の融合隊を確保できたおかげでアライアンスから正式にザーグ戦争について、

ミネルバ教と会談を設定してみるわ。

──それと今後のアトラス隊の任務も、無関係じゃないのよ」

「……どういうことだ?」

「その説明は、アトラス隊全員に向けて行うわ。すぐに報告会を開く。

そこで詳細を話す」

最後に、アンジェラは優しく微笑んだ。

「辛いと思うけど、もう少しだけ信じて。必ず私が家族に再開させてあげるから」ジョージは静かに頷き、執務室を後にした。

胸の奥で、確かな希望が灯っていた。

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