第18話 アトラス隊の日常
アトラス艦がマイノグラフへの航行を開始してから、三日が経過した。
量子ドライブによる加速が安定し、
航行モードは通常空間との境界に位置する「量子遷移域」を漂うような状態へと移行している。
激しい戦闘の後とは思えないほど、艦内には静けさが流れていた。
しかしその裏で――各乗員たちの心は、それぞれの思惑で交錯し始めていた。
ジョージは艦内を散歩しながら、少しずつ仲間たちと距離を縮めていた。
まず声をかけたのはフェリシア・フェングロー。
獣人種ケルベール出身で、スナイパーとしての冷徹な一面を持つ彼女は、
廊下の端にある整備用コンテナの上でメンテナンス中のライフルを磨いていた。
「フェリシア、少し話してもいいか?」
「……何よ」
「いや。君の出身――Zanaのことを、知りたくて」
彼女は少しだけ目を細めると、武器の手入れを止めて立ち上がった。
「Zanaは厳しい場所よ。大気は乾燥していて、夜は氷点下になる。
戦士の村では生きることが“選ばれる”こと。弱者は、淘汰されるだけ」
「……でも、君はその中で生きてきた」
「ええ。兄も姉も、私を守って死んだ。でもね、私だけは戦える子だった。
だから今こうして生きてる。後悔はないわ」
ジョージはその言葉に、かすかな敬意を抱きながら頷いた。
「俺の家族が……そのZanaに、飛ばされたんだ」
フェリシアは一瞬驚きの表情を見せた。
「……誰が?」
「息子だ。彼なら、きっと……君のように生き残れると信じたい」
フェリシアはしばらく黙っていたが、最後に静かに言った。
「だったら、祈りなさい。あの星では、祈りすら贅沢だけど」
ジョージは拳を握りしめて刃の心配を追い払うように次の研究区画にあるエレメント制御室に向かった。
そこではアリシア・プリンセスが光子濃度の計測装置を眺めながら、
エネルギーの流れをチェックしていた。
「アリシア、Luminaについて、話を聞かせてくれないか?」
彼女は小さく笑って振り返った。
「また家族の話かしら?」
「娘が、そこにいる。Luminaの環境と、彼女の性格を考えたら……
たぶん、あそこが一番適してると思ったんだ」
アリシアは、透明なパネルに手をかざしながら話し始めた。
「Luminaは、美しい星よ。全てが自然と調和してる。
建物も、生活も、教育も……すべて“魔法”と呼ばれる力を通じて流れているの。
銀河最大の魔法学校であるウイザードアカデミアがあるのもLuminaの大きな特徴だわ」
「その学校での教育って……階級とか、あるのか?」
「もちろん。マナの量や資質で階級は自然に分かれる。
でもね、不思議な事に高貴な魔術師よりも、土を耕す農夫のほうが評価される事もあるのよ。
純粋な力じゃなくて、何を想って魔法を使うかが大切なのよ」
「……それを聞いて、少し安心したよ」
アリシアはジョージの顔を見て、ふと真剣な表情になった。
「その娘さん、きっと強くなってるわ。だから、あなたも絶対に生き残りなさい」
その頃、マリア・ミレーヌは個室でモニターを見つめていた。
ジョージの模擬戦記録を何度も巻き戻しては、再生している。
「どう考えても、常識じゃ説明がつかない……あれは本当に“魔法”だったのかしら」
彼女は理論派でありながら直感にも鋭く、
ジョージという存在がどこか「常識外」であることに、密かな興味を抱いていた。
同時刻。
艦長室では、マックス・ロセッティがアンジェラとの通信を行っていた。
「報告書と模擬戦の記録を送らせて頂きました。
だが……あれが本当にただの“近接戦闘特化の戦士”なのか?
ジョージについて、まだ我々に伝えていないことがあるんじゃないか?」
『そうよ。私も最初は信じられなかった。でも彼には……“何か”がある。人ならざる何かが』
「まるで……別の宇宙から来たみたいだな」
『あながち間違いでもないかもね』
マックスは眉をひそめた。
「君は何かを知ってるな?……彼の“特異性”について」
アンジェラは数秒沈黙し、そして言った。
『マックス、彼は私たちの未来に必要な存在になる。信じて、見守って』
静かな通信が切れた後も、艦長の瞳には何かを探るような光が残っていた。
アトラスは、まだ静かに航行を続けている。
だが、その中で、確かに“仲間”としての絆が、少しずつ形を成していた。
艦内のカフェテリアには、人工重力に守られたゆるやかな時間が流れていた。
銀色の金属製テーブルが整然と並び、天井には柔らかな光を投げかけるパネルライトが配置されている。
香り立つ蒸気とともに、各種族ごとの料理が並び、
今日のメニューは“多文化交流週間”として種族別の伝統食が提供されていた
ジョージはトレーを持って席に向かう途中、目を引く料理に足をとめた。
「これは……燻製された昆虫か?それとも干し肉?」
「どちらも正解よ。ヴォラクでは“クンメシュ”って呼ぶわ」
隣に立っていたのはキャシー・クランだった。
「あなたにはちょっと刺激が強いかも。強化タンパク質と神経活性剤を合わせた、戦士用の栄養食なの」
「へえ……でも、こういうの、地球じゃ見たことないな」
「アースね。古い呼び方をするのね」
「……そうだったな」
ふとした訂正の言葉に、ジョージは少し微笑みながら応えた。
そのやり取りを、向かいの席でマリアがじっと観察していた。
彼女は軍務において常に冷静沈着で、戦術面では一切の妥協を許さない完璧主義者だ。
にもかかわらず、この数日でジョージに対してだけは、その鋭い視線の奥に、
どこか別の感情が浮かびはじめていることを自覚していた。
(……何かを隠してる。だけど、それが敵意じゃないってことも、わかってきた)
ジョージの一つひとつの振る舞いが、作られたものではなく、自然体であることを彼女は直感していた。
(戦場じゃなければ、普通の男だったのかもしれない)
紅茶を差し出すアリシアとの自然なやりとりを見ながら、
マリアはゆっくりとスプーンをティーカップに落とした。
そしてその音の響きとともに、心に刻まれるのは――彼に対する警戒でもなく、期待でもなく。
それは、理屈では割り切れない“興味”だった。
ジョージはさらに艦内を探索していた。
模擬戦からさらに一夜明け、アトラスの空気は穏やかだった。
だが彼の中には、ある種の決意が芽生えていた。
(この宇宙で家族を探すなら――もっと、今ここにいる仲間を知ることが必要だ)
彼が向かったのは、メディカルルームだった。
中ではトモミ・ロセッティが器具のチェックをしていた。
「おはようございます。セトさん……ジョージさんと呼んでもいい?」
「どっちでもいいよ。でも、ジョージの方が慣れてる」
トモミは微笑みながら、電子パッドを閉じた。
「あなた、アース出身なんですよね?私の祖父もそうでした」
ジョージはトモミという日本風の名前に反応していた。
「そうなんだ。こっちに来てから、同じアジア人がいるなんて思ってなかったよ」
「大分古い祖先の話をするのね。今はアジアなんてもう言わないわ。
でも、私は医療だけじゃなくて、文化保存のプロジェクトにも参加してるんです。
古い文献の翻訳とか、昔地球と呼ばれていた頃の伝統医学の研究とか」
ジョージは素直に驚きの表情を浮かべた。
「すごいな。今の時代にそんなことをやってる人がいるとは」
「家族の記憶って、大事ですから。……あなたも、そうでしょう?」
その言葉に、ジョージは一瞬、顔を引き締めた。
「……ああ。大事な家族が、今どこにいるかわからない。でも、絶対に見つける」
トモミは、彼の視線に真剣なまなざしで頷いた。
「その時が来たら、私にも手伝わせてください。医療支援でも、なんでも、
きっと役に立てると思うから」
「ありがとう、頼りにしてるよ」
その夜。
ジョージは休憩室で、マックス艦長と偶然出会った。
「このクルーのいろんな人と話した。面白い連中ばかりだな」
マックスは酒のグラスを軽く掲げて応えた。
「戦争がなければ、違う形で出会えた者たちかもしれんな。
だが、君のような存在が加わったことで、アトラスは“ただの艦”ではなくなった」
「買いかぶりすぎじゃないか?」
「……いや、アンジェラ司令官が言っていた。“彼はまだ本気を出していない”と」
ジョージは視線を落とした。
「本気を出す時が、近づいている気はしてる」
艦内の灯が、静かに瞬いていた。
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