第17話 アルノとの模擬戦
その朝、アトラス艦のトレーニングルームには、各メンバーが集結していた。
中央ホログラムには、無数の戦闘エリア候補がランダムに表示されている。
そして、抽選されたのは――「旧都市区画跡(Urban-Ruin-17)」。
廃墟と化したビル、倒壊した道路、半壊した車両、ちらつくネオンと煙.
―― 市街地戦を想定したシミュレーション空間の中でも、最も入り組んだ“混沌の舞台”。
「隠れる場所が多いわね……遠距離向けだわ」
マリアがつぶやく。アルノがにやりと笑った。
「お前が選んだわけでもないだろうが……これは、勝ったな」
対するジョージは、静かに黙ったままフィールドの構造を確認していた。
(逆だ……開けた場所なら厳しかったが、ここなら接近して戦える。
近づければこっちの勝ちだ)
トレーニングルームが静まり返る中、アルノとジョージは互いに距離を取っていた。
フィールドに設定された「旧都市区画跡」は、まさに戦火をくぐり抜けた都市の亡霊そのもの。
光と影が複雑に絡み合い、音を吸収するように瓦礫が崩壊していた。
「ルールは制限時間10分、シミュレーションのダメージ軽減は0レベルで設定。
ただし死亡判定時にはダメージキャンセルが働くようにします。致命傷を与えた側が勝利とする」
マリアのアナウンスが響き、ホログラムが起動。
場にバリアフィールドが展開され、他の乗員たちは上層の観覧デッキへ移動していく。
「準備は?」
「いつでもいい」
「俺もだ。かかってこい、Aランクさんよ……」
アルノが笑うと同時に、試合が開始された。
ジョージはすぐ物陰に身を隠しながら、相手の出方を伺った。
(正面から突っ込めば、蜂の巣にされる。奴の戦闘スタイルは、ヴォラク流の戦術
――いわばヒットアンドアウェイ、迎撃と火力で持久戦に持ち込むだろ)
その瞬間、横のビル上空から閃光が走る。
『.....びゅん!』
ジョージは咄嗟に転がって避けると、反対側の廃車に身を滑り込ませた。
(やっぱり高所を取ってきたか。けど、予想通りだ……)
迎撃できるポイントに向かおうとした瞬間、完全に別方向からプラズマビームが飛んできた。
ビル屋上からと思えば、今度は倒壊した建物の陰。
さらに地下通路からも一閃。
「動きが読めねえ……これは……」
観覧席のリン・タオが唸るように言った。
「アルノの十八番、高速移動。撃った直後に凄いスピードで次の狙撃ポイントへ移動する」
ジョージは額に汗を滲ませながら、
狙撃の起点を見極めようと試みたがあまりにも敵の移動が速かったため狙いを定められなかった。
(このままじゃジリ貧だ。位置もつかめない……)
その瞬間、彼の中である決断が下される。
「……仕方ないな」
心の中でそう呟き、ジョージはスキルを発動した。
『ヘイトコントロール』
―― 次の瞬間、空間が波打つような感覚。
近くのビルから突如としてレーザーが発射される。
「なぜそこで撃った……?」マリアが身を乗り出す。
「今のは……おかしい」フェリシアが眉をひそめた。
「そこか!」ジョージが叫び、地を蹴った。
ジョージは瓦礫の影から跳躍。
そのまま建物の壁を蹴って駆け上がり、三階部分の窓枠から突入。
「見えた!」
アルノが驚いた顔で振り向くが、その手にはすでに短剣が握られていた。
「ちっ、近づかせちまったが……こっからが本番だ!」アルノからの思いがけない反撃。
ジョージが繰り出した肘打ちを回避し、逆に腹部へ切り込んでくるアルノ。
「ぐっ……!」
鋭い斬撃がジョージの脇腹をかすめる。
(不覚……だが……)
ジョージは相手を見くびっていた。
遠距離が得意なため近距離は苦手だろうと先入観が油断を招いた。
「……やるじゃねぇか」
思いがけない近接戦闘スキルを見て、つい賞賛の言葉を送ってしまった。
再度構えを取り、拳を強く握る。
「でも、この代償は――高いぞ」
ジョージは拳を固めて一気に踏み込んだ。
右の正拳突きがアルノの防御を揺さぶり、続く膝蹴りで腹部を圧迫。
アルノは距離を取ろうとするがすでにジョージの射程圏内に入っていた。
間髪入れずに軸足をひねって回し蹴りを繰り出すと、アルノはバランスを崩す。
倒れつつもアルノが反撃の刃を振り上げたのを、ジョージは紙一重でかわした。
サイドステップをしながら腰を落とし、重心を安定させて拳を振るう。
ジョージのカウンターが鋭く顎を捉え、アルノの身体がたじろいだ。
そこから連続して繰り出される攻撃――
まずは鋭い肘打ちが顎先をさらに跳ね上げ、次に拳が胸部をえぐるようにめり込む。
続けざまに繰り出された掌底が喉元に打ち込まれ、アルノの体がのけぞった。
ジョージは全体重を乗せて最後の正拳突きを振り抜いた。
拳がみぞおちを捉えた瞬間、鈍い衝撃音と共に、アルノの体が空中に弾け飛んだ。
流れるような連続技をアルノは直撃してしまった。
吹き飛んだ先で壁に叩きつけられ、動きを止めた。
フィールドに審判ホログラムが浮かび上がり、勝敗が表示される。
《勝者:セト・ジョージ》観覧デッキで見ていたクルーたちが、ざわめく。
大声で騒ぐ者、驚愕したまま口を開ける者。
アルノ・コレットは、立ち上がりながら右手を差し出した。
「……俺の負けだ。確かに、お前はAランクだ」
ジョージはその手をしっかりと握り返した。
「ありがとう。お前も本当に強かった」
新たな信頼が、静かに芽吹いた瞬間だった。
観覧デッキから戻った他のメンバーたちは、自然とジョージの周りに集まり、声をかけてくる。
「お見事だったわ、まさかあのアルノに勝つとはね」フェリシアが素直に驚きを示す。
「へぇ、ただの肉体派かと思ってたけど……なかなかの格闘術じゃない」アリシアが微笑んだ。
一方で、アルノ・シュベはアルノ・コレットの肩を叩きながら苦笑する。
「だから言っただろ。お前、名前が同じなんだから、しっかりしろよ」
「うるせぇ……あいつ、近づいたら恐ろしく強いぞ」
艦内に漂う空気が、先ほどまでの緊張感から一転し、和やかなものへと変わっていく。
艦長マックス・ロセッティが一歩前へ出て、低い声で言った。
「見事な勝利だった、ジョージ。模擬戦とはいえ、あのアルノがここまでやられるとは.....
格闘術をヒューマンがあそこまで極められるものなのか....素晴らしい実力だ!
アトラスの一員として、誇りに思う!これから頼りにしてるぞ」
その言葉に、艦内の雰囲気がさらに温かくなる。
模擬戦終了後、ジョージは訓練施設の外に出ようとしたところで、
マリアとアルノ・コレットに呼び止められた。
「ちょっといいか、あのときの……」
「……あの奇妙な現象、一体どうやってやったんだ?まさか、魔法か?」
二人の視線が真剣だった。
ジョージは苦笑しながら肩をすくめる。
「切り札は……最後まで隠すもんだろ」
「それじゃ納得できないわ」マリアがジト目で睨む。
「俺もだ。あれは普通じゃなかった。明らかに、俺の意思とは別に身体が動かされた。
まるで、誰かに引き金を引かされたような……そんな感覚だった。何か、特別な力が働いてた」
ジョージは一呼吸おいて、真剣な表情で言った。
「……時が来たら、すべて話すよ。そのときまでは信じてくれ。仲間として」
しばし沈黙ののち、マリアとアルノは顔を見合わせ、そして小さく頷いた。
「……わかったわ。約束よ」
「信用しよう、今はな」
疑念は完全には拭えないまでも、確かな信頼の一歩が、ここに刻まれた。
クルーに力の一端を見せる事になったがそれは同時に
――共に戦場へ行く仲間たちとの絆が、ゆっくりと結ばれ始めた瞬間でもあった。
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