駆け引き

 静寂の街に爆炎が天へ登り、飛び散る瓦礫が近くに振り注ごうともトリスタンは意に介さず、リオらが立てこもる場所を見つめ続ける。

 炎が轟々と燃え盛りながらも建物は原型を留め、しかし完全に火の手が全体を包み込み逃げ場を奪っていた。 


(とっさに守りを固めやがったな。だが火がついた以上焼け死ぬか無理矢理脱出するしかねぇ)


 たとえ結界があろうとも、その上に付着させたデフィアの粘液そのものが燃えてれば結界が消えたと同時に建物へと移る。相手を追い込みつつもトリスタンは気を抜かずにカード入れに手をかけ、指先でカードをなぞりつつさらなる一手を思案し勝負を決めに行く。



ーー


 炎と煙の香りがエルクリッドの覚醒を促し、目覚めと共に走る激痛に声を漏らしながらも目の前の光景に衝撃が走る。


「み、みんな! いっ……」


 すぐに起き上がり駆寄ろうとするも身体の痛みは強く、出血はないが全身に走ったそれはまだ癒えきれてないのがわかった。それでも前へとエルクリッドは進み、息を切らしていたタラゼドへ肩を貸す。


「申し訳ありません。ですが助かります」


「早く脱出しないと……」


「いえ、既に罠が張られていると見て間違いないでしょう。それを想定しなければなりませんが……時間は、あまりないですね」


 ノヴァも駆け寄りながら口に布をあてて煙を吸い込まないようにし、タラゼドの言葉とシェダとリオがカード入れに手をかけながら思案している様子に状況を理解する。

 炎がさらに広がれば逃げる事はできなくなり、そうでなくても煙と熱で倒れてしまう。しかし脱出した瞬間を狙ってバジリスクの毒を浴びればそれで終わりであり、また別の罠も仕掛けられていれば尚の事だ。


(あたしに、力さえあれば……)


 力さえあれば守るものも守れた。誰も傷つかない、死ぬこともない、そう思ったから強くなりたいと願った。

 片腕を犠牲にしたシェダ、守る為に消耗したタラゼド、自分を含め守ろうとするリオの姿を見て、エルクリッドの脳裏にメティオ機関の燃える姿が蘇る。


 高鳴る鼓動と共にエルクリッドの瞳が細くなり、黒い光がカード入れに宿る。それを目撃したノヴァは周囲の熱気を感じない程の寒気を覚え、少し後退りしながら名前をこぼす。


「エルクさん……?」


 ハッとエルクリッドが我に返る様にノヴァの方に向いた時、瞳は元に戻りカード入れの光も消えていた。

 本人にそれらの自覚はなく、それ以上に自分のすべき事を考え思案し始める。


(あたしの魔力はまだあるけど、身体の方がちょっとキツい……ダイン、はちょっと無理だし、セレッタにこの規模の火消しさせるには魔力が少し足りない……ヒレイの力なら、この炎の中もいけるけど……)


 危機的な状況下でエルクリッドは思考を素早く張り巡らせ、今自分の使える手札を把握しながら分析を進めていく。


 危機的な状況下でこそリスナーは冷静さを失ってはならない。今がその時ならばと、燃える炎の中で対象的な冷静さはより研ぎ澄まされて最適解へと思考を導いた。


「シェダ! リオさん! ディオンとローズの力を貸してください!」


「それはいいが、方法思いついたのか?」


 シェダに頷きながらエルクリッドはカード入れよりあるカードを引き抜く。それはアセスの力をスペルとして撃ち出すアセスフォースのカード、サレナ遺跡の仕掛けを解く為に仇敵バエルが渡したカード。


「これを使えば、いけるはずです!」


「……具体的にはどのようにするのですか?」


 炎の中でエルクリッドが伝える脱出方法に、リオは目を丸くしながらもふっと笑い、何も言わずにローズが盾から剣を抜いて構えを取る。

 シェダもちらりとディオンに目を向けて魔槍を構えさせ、黒い雷が激しく音を鳴らす。


「本当にいいんだな?」


「一か八かならやるしかねぇ」


「承知した。ならば戦乙女も技の準備を」


 シェダに確認をとったディオンが魔槍を持つ手に力を込め、声をかけられたローズもまた剣に力を込めるとその刃が赤い光を帯びる。同時にシェダとリオの両リスナーはカードを手にし、エルクリッドもまたアセスフォースを手に深く息を吐く。


(エルクリッド、僕がその気になればこのくらいの火消しなら)


(うぅん、それだと水蒸気で何も見えなくなっちゃうし、トリスタンの奴も消火するのは計算してるはず。だから裏をかかなきゃ)


(ですがやり方としては乱暴すぎるかと……)


 わかってる、と心に語りかけるセレッタに答えつつエルクリッドは天井を見上げ、アセスフォースのカードと重ね持つヒレイのカードに魔力を込め、タラゼドが離れるとすぐに目に光を灯し行動に出た。


「行くよ! スペル発動アセスフォース!」


 カードを向ける方向は天井、そして放たれる火炎弾の反動に押し負けそうになるが今回は踏み留まり、高速で飛びながら大きくなる火炎弾が天井を穿き粉砕する。

 当然、破片が落ちてくるがディオンがすかさず黒き衝撃波を伴う突き黒雷刺突シュバルツを繰り出し、破片を粉砕しさらに外へと吹き飛ばす。


 それは外で待ち構えるトリスタンにも確認され、彼が用意している複数の罠の一つを動かす。


「スペル発動アースフォール、逃しゃしねぇよ」


 燃え盛る建物上空に巨岩が現れ、それがばらばらと砕けながら大小いくつもの岩の雨を降らせていく。

 上に逃げるという選択肢への妨害策に対して、状況はさらなる流転を見せる。


「ツール使用メイガスシールド!」


 自身の盾を腰部に備えたローズの手にリオが与えるは銀の鏡の如き盾。それを手にするとローズは飛翔し、アースフォールの岩の前へと盾を突き出すと一瞬岩の雨が静止し、さらにローズが上へと進むとそれに合わせ全ての岩が押し上がる。


(魔法を押し止め押し返す事を可能とするメイガスシールド……次はどう来る……?)


 相手が見えない状況、全体の局面が完全にわからない状況では予想が難しい。メイガスシールドを使う事で上への脱出経路を塞ぐという策に対応したリオだが、トリスタンがそれにどう対応するかまではエルクリッド達も含めわからない。


 そしてトリスタンもまたアースフォールが浮き上がる所から対応された事、それに対しカードを使うかを迫られる。


(グラビティのカードでフォール系スペルを強化はできるが、それをやっちまうと先に仕掛けといたツール二枚と合わせて使用枚数が五枚になっちまう……デフィアを突っ込ませてもいいが……)


 リスナーが同時に行使できるカードの上限は五枚。トリスタンは現在バジリスクのデフィアを召喚し、それとは別に罠としてツールカードを二枚、今しがた使用したアースフォールの一枚で四枚となり残り一枚しか余裕がない。

 加えて一度スペルを使うとその強さによって充填時間があり、その時間も使用のそれに含まれる。使用枚数という制約がある中で、人数の差はトリスタンにとっては唯一不利な要素だった。


 敵も味方も策を巡らせる。極限の視線の上で刹那から刹那へと渡り歩き、その姿を傍観する者が感嘆する程に戦況は流転を繰り返す。




NEXT……

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