03.ざわつく夜
エアコンが吐き出す空気の音だけが響く。目を瞑っても開いても、見えるのは丸いライトだけだ。灯は発していないはずなのに、白いカバーはわずかな光を吸収して薄闇の中で存在を発揮している。
良くないと思いつつも枕もとに置いたスマホを光らせる。時刻は午前2時14分。明日も一限目から講義だと言うのに気が付けばこの時間。布団に入ってかれこれ1時間はこんな感じだ。
眠れない夜を更新し続けている。いつから寝不足が続いているのかなんて数えていないけれど、気が付けば布団に入ってから天井を眺めている時間が長くなった。窓から覗けていた三日月が今日は満月に戻っている。
眠れないのは私の狭い心の部屋が騒々しいせいだ。来週提出の課題。そろそろ散歩の元気もなくなってきたペットのミィ。増やせないかと言われているバイトのシフト。お祖父ちゃんが死んで1人で暮らしているお祖母ちゃん。
些細なことがちょっとずつざわついて、寝付くのを邪魔している。
そのなかでも、一番大きな音を出しているのは……。
天上を眺めるのも目を瞑っているのにも疲れた。気晴らしにインスタを開く。フォローしているインフルエンサーの投稿に紛れて、地味だけど一際輝いたアイコンに指が止まる。
アイコンは地味な茶色。ラーメンの写真。先輩のアカウントだ。
先輩は今日、シフトだったはずだ。ここ最近、シフトが配られたら先輩と被っていないかを真っ先に確認するようになっていたから覚えている。
投稿は20分ほど前。内容は相変わらずラーメンの写真だ。でも、机の上に確認できるだけで3つ丼ぶりが置いてある。じゃあ、今日出勤の人たちと行ったのかな?
先輩と、まさとさんと、三春ちゃんの3人。
三春ちゃんも一緒だったのかと考えると、さらに胸がざらざらと騒がしくなる。最近、三春ちゃんと先輩は一段と仲良くなっている気がするからだ。前までバイト終わりにご飯だなんて行かなかったのに。
私は先輩が笑っている横顔が好きだけど、その笑顔が三春ちゃんに向いているのはあまり好きじゃなかった。そのときの先輩に向ける彼女の笑い方が私とそっくりだからだ。私と同じはずなのに抜け駆けされているような気がして、嫌いじゃないはずなのに彼女の邪魔をしてやりたいなんて決して綺麗とは言えない、ぜんぜん掃除していないグリストラップみたいな気持ちになってしまうから。できれば、先輩と三春ちゃんが仲良くしているところは見たくない。間違ったって、素手で触れたくない。
嫌なものを見てしまった。また眠れない。嫌な想像がぷくぷくと泡のように生まれては膨らむ。今日もまた、先輩と三春ちゃんは仲良くなったのかな。帰り道はなにを喋ったのかな。三春ちゃんが思いきってしまったらどうしよう。先輩が三春ちゃんの思いきりを受け止めてしまったらどうしよう。私が入り込む余地が消えてしまったら、どうやって先輩の前で笑おう。
全然眠れない。ほかの些細な原因は全て先輩と三春ちゃんのことでかき消された。私の今の立ち位置がどんなところなのか。気になって仕方がない。
さっさと踏み出せばいいのかな。幾度も考えたやり方がまた巡ってくる。先輩に直接、分かりやすい言葉で伝えて答えを貰えば楽になるのかな。でも、まだ砕けたくはなかった。ぶつかる覚悟も失意に落ちる覚悟もできない。2、3日で立ち直れる傷だとしても、まだ私は諦めたくなかった。
じゃあ、このまま指を咥えて眺めてる? 私だって先輩とラーメンを食べに行きたい。そりゃあバイト終わりに誘われて、行ったことなんて何度もあるけれど。三春ちゃんが今日行ったなら、私は明日先輩と一緒に行きたい。
今なら、まだ間に合うかな。さっきの投稿を見たってことにして……、じゃあ、私もって手を挙げる。自然な流れをシミュレーションする。
そして、そのまま。どうせ眠れないなら朝までずっと。空が白くなっていることに気が付くまでやり取りができたら、なんて素敵だろう。
意を決して、ラインから先輩とのトーク画面を開いた。
バイトの業務連絡で締められた味気ないメッセージの下に緑色の吹き出しを加える。
『まだ起きてますか?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます