バトル・オブ・リフリジェレーター

ラーさん

バトル・オブ・リフリジェレーター

 冷蔵庫は大きく重い。つまり、それは強いということだ。


「こいつを喰らえ!」


 そう叫んで大きく振りかぶった大柄の黒人男性の手から放たれたのは、スチールグレーのパナソニ○ク6ドア定格容量650L冷蔵庫だった。


「スペック任せの大型冷蔵庫がっ!!」


 高速でロケットのように飛ぶ冷蔵庫。これを受けるのは小柄な少女。手にするのは真っ白なアイリスオ○ヤマ2ドア定格容量142Lの小型冷蔵庫。少女はチェーンで繋いだ冷蔵庫を振り投げて、飛んでくる冷蔵庫の横っ腹に叩きつける。

 大きな衝撃音とともに軌道が逸れて、少女の横の地面に冷蔵庫が突き刺さる。上がる歓声。


『なんとリコ選手! ブリッド選手の大容量冷蔵庫を小型冷蔵庫でいなしました! これには観衆も大喝采!』


 少女――サワジマ・リコはそんな実況の声を耳に流しながら、黒人の男――ブリッド・ロッドにむかって冷蔵庫を引きずって駆け出していた。

 二人がいるのは三万人の観客で埋まった円形競技場コロシアムのリングの上。現代の剣闘士競技と呼ばれる冷蔵庫バトル『バトル・オブ・リフリジェレーター』の試合会場だった。

 冷蔵庫は強い。

 なぜなら大きいからだ。

 冷蔵庫は強い。

 なぜなら重いからだ。

 冷蔵庫は強い。

 なぜなら頑丈だからだ。

 強ければ戦わなければならない。

 なぜなら本能だからだ。

 本能は闘争を求める。

 バトル・オブ・リフリジェレーターは、そんな人の本能が求める闘争の具現化だった。

 闘争の祭典に熱狂する大観衆の中で、二人の選手――『冷蔵庫闘士フリッジファイター』が冷蔵庫の死闘を演じる。

 この死闘の勝敗のルールは単純であった。KOを取る――つまりテンカウントのKNOCK OUTノックアウトを取るか、殺害のKILL OUTキルアウトを取るかだ。


『リコ選手、一気に突っ込んだぁー!』


 黒髪のポニーテールを揺らして駆け走る少女サワジマ・リコは、チェーンで繋がれた小型冷蔵庫を対戦相手のブリッドに対して横薙ぎに投げ振った。いくら得物が小型冷蔵庫とはいえ、その重さは40キロ近くある。それに遠心力を付けて振り回すなど、なんという膂力か。

 バトル・オブ・リフリジェレーターに参加するフリッジファイターは、皆、重い冷蔵庫を武器として扱えるよう身体強化手術を受けていた。これも冷蔵庫で戦うため。冷蔵庫の呼び覚ました人の本能の為せるごう


「はっ!」


 暴風のように飛んでくる冷蔵庫をブリッドは、その強化された身体能力による跳躍で回避した。その跳躍を予想していたリコは、両足を踏み締めチェーンを引いて冷蔵庫を強引に引き戻した。そして追撃の冷蔵庫を放つ――その直前に後ろから高速で近づく物体の気配に後ろを振り返った。

 眼前に迫るパナソニ○ク6ドア定格容量650L冷蔵庫。


「くそっ! スマート冷蔵庫かっ!!」

「悪いね嬢ちゃん、こちとらスペック任せの大型冷蔵庫なんだ」


 慌てて身体を伏せて回避する。豪風とともにリコの上を過ぎ去った冷蔵庫が、ロケット噴射で跳躍したブリッドの足元へと飛んでいき、その身体をスチールグレーのボディに乗せる。


『ブリッド選手! 冷蔵庫をスマート遠隔操作し、サーフボードのように飛び乗った! 上を取ってこれは圧倒的優位だ!』


 スマート冷蔵庫とは身体強化手術でフリッジファイターの脳内に埋め込まれたチップと冷蔵庫を繋ぎ、手元から離した冷蔵庫でも遠隔で操作が可能な最新式冷蔵庫である。

 フリッジファイターの心と電波で繋がったスマート冷蔵庫は、人庫一体の動きができる。ブリッドを乗せた冷蔵庫は自在に空を飛び、地を這うリコと引きずる冷蔵庫の動きを追って、急降下攻撃の狙いをつける。


「改造冷蔵庫が……」


 舌打ちするリコ。ブリッドの冷蔵庫はその650Lを誇る大容量の大半を推進装置と燃料に使用していた。冷蔵庫の冷蔵機能はチルド室程度のスペースしか残っておらず、それもCPUの冷却に使用しているという完全に戦闘に特化した改造が施された冷蔵庫だった。しかし、少しでも冷蔵機能が残っていれば、それは冷蔵庫とするのが『バトル・オブ・リフリジェレーター』の大会規定であり、直接的な武器を搭載さえしなければ、どんなものを冷蔵庫の中に容れても良いというのが、この冷蔵庫バトルの基本ルールだった。


「どんなにルール上、許されている改造だからってね……」


 対してリコの使う冷蔵庫は、改造といえばせいぜい振り回す用のチェーンを外装に取り付けたぐらいのものだった。


『リコ選手、狙いを付けられないように走り回る! ここから冷蔵庫のスペック差をどう埋めて起死回生を狙っていくか!』


 実況の言う通りの圧倒的スペックの差。だがリコの闘志は揺るがない。手にはチェーンで繋がったアイリスオ○ヤマ2ドア定格容量142L冷蔵庫。家電らしい白いボディ。冷蔵庫という言葉から思い描ける2ドアの最もシンプルな形をした冷蔵庫。元祖たる冷蔵庫の姿。


「ビールも冷やせない冷蔵庫なんて悲しいものを生むんじゃないわよ!」


 リコの父親は冷蔵庫闘士フリッジファイターだった。

 バトル・オブ・リフリジェレーターの世界大会『キング・オブ・リフリジェレーター』初代チャンピオン、サワジマ・タカシ。

 冷蔵庫を愛し、冷蔵庫に愛された男。

 彼の使う冷蔵庫は、まるで彼の手足のように動き、数々の対戦相手を打ち破った。

 しかし彼はその試合において、一人の選手も殺すことなく、また一台の冷蔵庫も壊すことはなかった。

 そんな父は試合に勝つと、必ず冷蔵庫から瓶ビールを取り出して、泡を噴き上げるビールを飲み干す勝利のパフォーマンスをした。

 幼いリコはなんでそんなパフォーマンスをするのか父に訊ねたことがある。


『冷蔵庫がなければ、俺たちはこんなキンキンに冷えたビールを飲むこともできない。冷蔵庫は人類の友で、人類を生かす大事なパートナーなんだ』


 そう答えた父はリコの誇りであり、憧れであり、人生の目標であった。

 そんな父は――しかし冷蔵庫に殺された。

 それは違法改造された冷蔵庫だった。

 庫内にロケット弾を搭載された冷蔵庫が、その扉から火を噴いてリコの父を吹き飛ばした。強すぎる父の存在を疎ましく思った闇賭博の人間の犯行だった。

 そのときの父の姿がリコの脳裏に蘇る。

 父はあのとき冷蔵庫をかばった。

 不可避の死――たとえ冷蔵庫を盾にしても防げない攻撃であるのなら、愛する冷蔵庫を守るためにその身を犠牲にした父の姿。

 リコは身体のほとんどを失った父の亡骸を、かばわれたことで形を残した愛用の冷蔵庫の中に納めて父の墓に埋葬した。

 そして、そのときリコは確信した。


「冷蔵庫は人と生きるパートナーだっての!」

『おおーっと! リコ選手、反撃に移った!』


 それを証明するために父と同じ冷蔵庫闘士フリッジファイターの道を進んだリコは、空を飛ぶブリッドとパナソニ○ク6ドア定格容量650L飛行改造スマート冷蔵庫が自分の直上に来た瞬間を狙って、アイリスオ○ヤマ2ドア定格容量142L冷蔵庫をぶん投げた。


『しかし――当たらない!』

「こっちの番だ!」


 それを難なく回避したブリッドは、狙い通りに攻撃のために足を止めたリコへ向けて急降下攻撃を仕掛け――、


「――いない!?」

「こっちだよ」


 見失った標的の声が上から聞こえた。空高く打ち上がった冷蔵庫。そこに繋がれたチェーンの先に掴まって、一緒に空へと飛んだリコの姿がそこにあった。


『なんと、リコ選手! 投げ飛ばした冷蔵庫と一緒に空に舞い上がった!』

「上だと!?」

「技術に飽かせて繋いだ絆なんてねぇ……」


 慣性で冷蔵庫よりも高く飛んだリコのポニーテールが翻る。そして下になった冷蔵庫を脚で蹴り、ブリッド目がけて落下する。


「本当の絆じゃないのよ!」

「言いやがれっ!」


 この奇襲にブリッドは回避よりも迎撃を選んだ。噴射口を下に向け、自分は離脱して冷蔵庫を落ちてくるリコにぶつけるよう操作する。


『これはブリッド選手のカウンター! 決まるか!?』


 迫る大容量冷蔵庫。150キロオーバーの質量にこのままぶつかれば、体重を冷蔵庫と合わせても100キロにも達しないリコが打ち負けるのは確実だった。


「死にやがれ!」


 勝利を確信したブリッドがそう声を上げたとき、リコの身体が宙へと跳んだ。


『リコ選手、跳んだぁー!?』

「冷蔵庫は――」


 腰にチェーンを結んだリコは、冷蔵庫から蹴り跳んだ勢いで自然落下するブリッドへと肉迫する。

 その手に握られているのは、冷蔵庫に入れていたキンキンに冷えた瓶ビール。


「なにぃっ!?」

「人を殺す道具じゃない!」


 リコの瓶ビールのスイングがブリッドの脳天を直撃し、砕けた瓶の破片が泡飛沫とともに中空に飛び散った。


「次!」


 この一撃でブリッドは気を失った。リコの勝利。しかし彼女は完全勝利を考えていた。落下するブリッドの身体に脚で組み付き、腰に結んだチェーンを力いっぱいに引いて、チェーンの先を見上げる。


「冷蔵庫は――」


 リコの見上げる先にあるのは衝突直前の二台の冷蔵庫。ぶつかれば小さいリコの冷蔵庫はひとたまりもなく破壊されてしまう。だが――、


「パートナー!」


 白い小型冷蔵庫に繋がったチェーンがピンと張られると冷蔵庫が横にずれ、突っ込んで来るスチールグレーのジェット噴射大型冷蔵庫の突撃線上から外れる。


『リコ選手! 攻撃したブリッド選手の身体を重石に自分の冷蔵庫を引き戻して激突を回避しました! これは凄い! 敵を倒しながら愛用の冷蔵庫を守る! 父親である初代チャンピオンのサワジマ・タカシ氏を彷彿とさせる、冷蔵庫への愛を魅せてくれたぁー!!』


 興奮の実況の声に続いて観衆の大歓声が聴こえた。

 その歓声の中でリコはブリッドの身体を足蹴にして跳び上がる。

 その先にあるのは空を舞う白い冷蔵庫。

 リコの愛するパートナー。


「無事でよかった!」

『ワン! ツー! スリー!』


 喜びの声とともに冷蔵庫に抱き着くリコの下で、地面に落ちて動かないブリッドのテンカウントが始まる。


『フォー! ファイブ! シックス!』


 地面に落ちながらリコは冷蔵庫の扉を開けて、中からよく冷えた瓶ビールを取り出す。


『セブン! エイト! ナイン!』


 冷蔵庫を抱えながら瓶ビール片手に着地したリコは、そのフタの王冠に親指を掛ける。


『――テン! ブリッド選手、動けない! リコ選手の勝利です!』


 その実況の言葉とともに、瓶ビールのフタが噴き上がる泡とともに飛んだ。


「冷蔵庫は人を生かすパートナー!」


 そして父から受け継いだ言葉を決め台詞として放ち、リコはビールを頭から浴びた。


『サワジマ・リコ! 「冷蔵庫は人類のパートナー」という父親の意志を継ぎ、昨今の過剰改造冷蔵庫に異を唱える、オールドスタイルの冷蔵庫闘士フリッジファイター! 父親譲りの瓶ビール勝利パフォーマンスは未成年のためまだ飲めませんが、派手な頭浴びはファンにも好評のパフォーマンスです!』


 闘技場中から起きる拍手と歓声の波に、冷蔵庫の上に座ったリコは空になった瓶ビールを振って応える。


『デビュー戦から七戦無敗の彼女の進撃はどこまで続くのか!?』

「そんなの――」


 観衆に応えながら、そんな実況の声にリコは誰にも聞こえない声で呟く。


「チャンピオンになるまでに決まってるじゃない――」


 チャンピオンになる。そして改造冷蔵庫のように冷蔵機能をほとんど失った冷蔵庫でなく、ビールを冷やせるような冷蔵庫が冷蔵庫のままであり続けることの大切さを――父の信念の正しさを証明するのだ。

 リコが座る冷蔵庫のボディをさする。


「――ねぇ、相棒?」


 そんな彼女の呼び掛けに答えるように、冷蔵庫はブゥゥンと低くコンプレッサーの排気音を鳴らした。

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バトル・オブ・リフリジェレーター ラーさん @rasan02783643

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