43. 限りなくにぎやかな未来
祝勝会は東京の恵比寿で開かれた。
賑やかな宴の中、女神の一声で、シャーロットは無事に元の世界の復活を許可されたのだった。管理者としての責任と共に――。
でも今は、それさえも嬉しい重荷に感じられる。
◇
楽しい時間はあっという間に過ぎ、店の外へと出た時だった。
「あ、シャーロットちゃん」
誠が振り返り、優しい笑みを浮かべた。
「復活にはまだちょっと時間がかかるからさ」
夜風に髪を揺らしながら、どこか意味深な表情で続ける。
「仲良く東京観光でもしておいで」
そう言って指差した先――街灯の下に、一つの人影が立っていた。
「……へ?」
シャーロットの心臓が、止まりそうになる。
「ゼ、ゼノさん……?」
声が掠れた。
信じられない。
でも――。
そこにいたのは紛れもなく、魔王ゼノヴィアスその人だった。
いつものフードではなく、黒いTシャツにジーンズ。
まるで現代の若者のような装いだけど――。
額から伸びる立派な角。
深紅に輝く瞳。
そして何より、圧倒的な存在感。
「本当に……本当にゼノさん……」
シャーロットの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「シャ、シャーロット!」
ゼノヴィアスの顔が、パッと輝いた。
「うわぁぁぁぁん!」
シャーロットは走った。
ヒールも気にせず、涙で前も見えないまま、ただ一直線に。
「ゼノさぁぁぁん!!」
その胸に、勢いよく飛び込んだ。
温かい。
大きい。
夢じゃない。幻じゃない。
本物のゼノさんだ。
「お、おぉ、シャーロット……」
ゼノヴィアスは明らかに戸惑っていた。
「ど、どうしたのだ……? なぜそんなに泣いて……」
大きな手が、おずおずとシャーロットの背中に回される。
「会いたかったの」
しゃくり上げながら、必死に言葉を紡ぐ。
「会いたかったんだからぁぁぁ……」
「ふはは、どうしたのだ?」
ゼノヴィアスは困ったように、でも優しく笑った。
「我も会いたかったぞ? いつもシャーロットのことばかり考えておるのだから……」
その大きな手が、そっとシャーロットの髪を撫でる。
不器用で、でも限りなく優しい手つきで。
◇
「それにしても……。ここはどこだ?」
夜の恵比寿は、ネオンの光で優しく照らされている。
どこかから流れてくる音楽と、人々の楽しげな声。
日本の夜は、いつも生きている。
「せっかくだから、観光しましょ? ふふっ」
シャーロットは涙をふくとニコッと笑った。
次の瞬間――――。
ふわり。
シャーロットの体が、まるで羽毛のように宙に浮かび上がる。
白いワンピースが、夜風に優雅に舞った――。
「へ?」
ゼノヴィアスは目を丸くした。
「シャ、シャーロット……飛べたのか?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔。
「この間、教えてもらったのよ」
シャーロットは得意げに微笑む。
「さぁ、行きましょ?」
ぐぅんと体を傾け、一気に加速する。
恵比寿の夜空へ、矢のように飛び上がっていく。
「おわぁ! 待ってくれぃ!」
ゼノヴィアスも慌てて後を追う。
◇
「うわぁ……綺麗……」
シャーロットは息を呑んだ。
眼下に広がるのは、東京の夜景。
いや、それは夜景などという言葉では表現しきれない、きらびやかな宝石箱だった。
目の前にそびえる渋谷の高層ビル群――。
ガラスの塔が天を突き、無数の窓明かりがダイヤモンドのように煌めいている。
繁華街の光は、まるで地上に降りた天の川。
「お、おぉぉぉ……こ、これは……」
ゼノヴィアスは、完全に言葉を失っていた。
深紅の瞳に、無数の光が映り込む。
生まれて初めて見る、人間が作り出した奇跡の光景。
「こ、ここは一体……?」
五十階を超える摩天楼が林立し、その一つ一つが小さな街のような複雑な輝きを放っている。
そして、地平線まで続く、果てしない光の海。
「ちょっと、私と縁のある異世界よ」
シャーロットは優しく微笑んだ。
前世の世界。かつて必死に生きて――、そして死んだ世界。
「さぁ、行きましょ?」
ゼノヴィアスの手を取り、渋谷の中心へと導いていく。
「おぉぉぉ、す、凄い……」
二人の真下を、電車が次々と走り抜けていく。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
山手線の緑のライン。
成田エクスプレスの赤い車体。
まるで光る蛇のように、レールの上を滑っていく。
首都高速三号線は、真っ赤なテールランプの川。
どこまでも続く光の帯は、この街の血管のよう。
「ふふっ、本当にすごいわね」
シャーロットは懐かしそうに呟いた。
眼下のスクランブル交差点は、まるで人間の万華鏡。
信号が変わるたび、何百人もの人々が複雑な模様を描きながら行き交う。
誰もがこの、大都市東京を楽しんでいる。
(こんなにすさまじい日本に、昔は住んでいたのね……)
当時は気づかなかった。
この狂気じみた美しさにも、圧倒的なエネルギーにも。
ただ目の前のことに追われ、自分が何者かも分からず、そして――。
ぶざまに死んでいった。
(可哀想な私……)
でも――。
シャーロットはそっと、隣で夢中になって景色を眺めているゼノヴィアスを見た。
まるで少年のようにキョロキョロと見回し、新しい発見をするたびに目を輝かせている。
五百年生きてきてまだこんなにも無邪気な顔をする魔王――――。
クスッと笑みがこぼれる。
あの苦しかった日々があったから、今がある。
ゼノさんに出会えた。
『ひだまりのフライパン』を開けた。
そして今、二人で空を飛んでいる。
シャーロットは、すっとゼノヴィアスを引き寄せた。
「ん? どうしたのだ……?」
キョトンとする彼の顔が、月明かりに照らされて美しい。
シャーロットは何も言わず、そっと柔らかく、唇を重ねた。
「んむ!?」
ゼノヴィアスの体が一瞬硬直する。
でも次の瞬間、優しく、そして情熱的に応えてきた。
舌が絡み合い、お互いの温度を確かめ合う。
吐息が混じり合い、鼓動が共鳴する。
摩天楼がそびえ立つ渋谷の上空で。
無数の光に見守られながら。
二人は何度も、何度も、永遠のように口づけを交わした。
やがて――。
名残惜しそうに唇を離すと、シャーロットは悪戯っぽく微笑んだ。
「これは、夢……だからね?」
耳まで真っ赤になりながらそっぽを向く。
「夢かもしれんが……」
ゼノヴィアスは優しく彼女を引き寄せた。
「きゃぁっ……」
「正夢という奴だろう?」
そして、深紅の瞳で真っ直ぐに見つめる。
「妃になってくれるな?」
五百年分の想いを込めた、プロポーズ――――。
「え?」
シャーロットは急に真顔になった。
「嫌ですけど?」
氷のような声で、ばっさりと切り捨てる。
「え、な、なぜ……」
ゼノヴィアスの顔が、みるみる青ざめていく。
今にも泣き出しそうな表情。
世界最強の魔王も、シャーロットの前では子猫のようだった。
「だって」
シャーロットは幸せそうにクルリと回った。
スカートがふわりと広がり、夜風に踊る。
「今は、カフェの方が楽しいんだもん!」
その笑顔は、まるで太陽のように輝いていた。
ゼノヴィアスは大きく、大きくため息をつく。
「まぁ良い」
諦めたような、でも優しい微笑みを浮かべる。
「我は百年でも、二百年でも待ってやる」
それは不器用だけど、真っ直ぐな愛の宣言だった。
「え?」
シャーロットの瞳が、一瞬揺れる。
「そ、そんなには待たなくてもいいかも……知れないわよ?」
その時――。
ビュゥゥゥ!
一陣の強い夜風が吹き抜けた。
二人の髪を激しく揺らし、大切な言葉を攫っていく。
「え? 今、何と言ったんだ?」
肝心な部分を聞き逃したゼノヴィアスは、慌てて身を乗り出す。
「ふふっ!」
シャーロットは振り返り、最高の笑顔を見せた。
「なんでもない!」
そして、高く昇った満月を指差す。
「さぁ、帰りましょ? 私たちの地球へ……」
言うが早いか、シャーロットは月に向かって一直線に加速した。
白いワンピースが、まるで彗星の尾のように夜空に軌跡を描く。
「えっ! えっ!」
ゼノヴィアスは必死に追いかける。
「もう一度! もう一度言ってくれぇ!」
風を切る音に負けないよう、声を張り上げる。
「シャーロット! シャーロットぉぉぉ!」
月明かりの中を、二つの影が追いかけっこをしながら飛んでいく。
まるで永遠に続く、幸せな鬼ごっこのように。
こうして――。
カフェ店主と魔王様の、にぎやかな地球運営が始まる。
プログラミングも知らない。
システムも分からない。
でも、美味しいオムライスは作れるカフェ店主がつかんだ奇想天外の未来。
果たして結婚はいつになるのか――?
答えは、シャーロットの胸の中にある。
でも確実に、二人の距離は縮まっていた。
東京の夜景が、祝福するように煌めいている。
そして『ひだまりのフライパン』は、また明日も笑顔であふれるだろう。
とびっきり美味しいオムライスと共に――――。
了
追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~ 月城 友麻 (deep child) @DeepChild
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