その弐

ゾンビ映画を三作見終わる頃には、空は白じんてきていて、四時間後には始業かと焦って、テレビ画面を消して目とじて眠りにつこうとしたけれど、私の目はもうゾンビばりに目がバキバキになってしまっていたので眠ることなどできるはずがなく、むくりと起き上がりトイレに向かった。


トイレの照明をつけたのと同時に視界に小さな黒いモヤが入り込み、さっきまでゾンビにびくびくさせられていた心臓がまた思い出したように跳びあがる。ヤツは扉向かって11時の方向に頓挫していた。足音を立てないよう気配を消して、玄関先に置いてあるゴキジェットを取りに行く。


私はさながらゾンビ映画のヒーローになった気分でターゲットに全集中を向ける。ヤツの長い触覚がビラビラと揺らめき、赤黒い胴体は圧倒的な存在感を放つ。ヤツをまともに見たせいでざわざわと鳥肌が立ち動けなくなる。ヒーローが映画の中でゾンビに怖気づいたときは「はやくやっちまえ!やるかやられるかだぞ!そんおぶあびっちっっ!」と心のなかでいきりたっていた自分を思い出し、現実世界でわたしはやられる側なのだと実感する。


そのままゆっくりと扉を閉め、速攻でテッシュを箱ごと取りに行き、一枚一枚丸めてトイレのドアと床の間の隙間を埋め、電気のスイッチをOFFにする。


漏れかかっていた尿は風呂場でヤンキー座りをして放出した。ユニットバスじゃなくて良かった。


現実逃避。臭い物には蓋を。あぁ、これから出社か。

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憂鬱すぎる日のこと ちゃみ @lunaticriver

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