話集
ホー太朗
(仮設)妖精をかいませんか?
①
ブーン、と室外機がうなりをあげている。
足の裏を太ももにこすりつけながら、僕は椅子に浅く腰掛けていた。パソコンのファンの音とエアコンの稼働音が重なり合う。机の上に置かれたエナジードリンクの缶からはゲリラ豪雨にでもあったような結露の水が溜まっている。
耳元には鬱蒼とした単調なBGMが流れ続け、目の前の画面には、薄暗いダンジョンの中でじっと佇む一人のモブキャラが映っていた。
そのキャラが発したセリフは、どこか不穏で不可解だった。
――〈 妖精をかいませんか?〉
なんだそれ、と思わず眉をひそめる。妙な文だ。というか、そもそもこんなセリフ、今まで一度も見たことがない。
僕が中学の頃から遊び続けているMMORPG「クラウン・スレイブ~覇者の
だが、いま目の前で進行しようとしているこのイベントは、明らかに何かが違っていた。
僕の覚えでは、クエスト依頼の欄には「報酬:???(シークレット)」と表示されており、いつもの金貨や装備品ではなく、黒く曖昧なアイコンがひとつ、ぽつんと浮かんでいた。
これは一体なんだ? 何かの隠し要素?
けれど、記憶の限り、攻略サイトにもギルドのチャットにも、そんな情報は出ていなかった。最近のアップデートで追加された……まさか、自分が初めてこのクエストに遭遇したのでは?
そんな可能性が脳裏をよぎった瞬間、心の奥にちいさな優越感が芽生えた。まだ誰にも知られていないイベント。僕だけの発見。
画面に見入っていると、ふいに背後から肩に触れる感触があった。
びくりと身体をこわばらせて振り向くと、そこには母の影が立っていた。何か口を動かしているが、ヘッドホン越しに聞こえるのはゲームのBGMだけだった。
しぶしぶヘッドホンをずらすと、母の言葉がようやく届いた。
「
その声には、怒気よりも疲労と諦めが滲んでいた。聞き慣れすぎていて、もはや叱られているのか、ただ呆れられているのか判別もつかない。
「あぁ、分かってる。これが終わったらね」
おざなりな返事で母を部屋の外に追いやると、再び画面へと意識を戻す。
ダンジョンの中で、モブキャラはただじっと、こちらを見つめていた。返事を待っているのか、表示されているセリフは変わらず、あのままだ。
――〈 妖精をかいませんか?〉
最初に見たときは、妙だとは思ったが、それ以上深く考えることはなかった。何よりその時の僕は、自分だけがこのイベントに辿り着いたかもしれないという優越感に、胸の奥をくすぐられていた。
けれど、冷静に考えればおかしかった。そもそもこのゲームに、“妖精を使役する”ようなシステムなど、聞いたことがない。自分で言うのも恥ずかしいが、プレイ歴は長い。ギルドの古株連中とも情報交換を重ねてきたし、攻略サイトも逐一チェックしている。それなのに、こんな要素はどこにも記載されていなかった。
そろそろ、こいつも僕の沈黙に困っているんじゃないか。そんな軽い気持ちで、そして、どこかで“妖精”という言葉に突き動かされるように――僕はマウスをクリックした。
――〈 YES 〉
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