第6話「異変の兆しと不思議な力」

 工房の朝は、いつも木の香りと刃物の音で始まる。

 外の空気はすっかり冷え込み、色づいた木々の葉も次々と落ち始めていた。晩秋の気配が、村を静かに包み込みつつある。


 この日もガルドの指導のもと、ナオはルクを使って木片の加工に挑んでいた。ルゥアは作業台の隅でまるくなり、時折きょとんとした目でこちらを見ている。


 「もう一息、だな。力の流れも安定してきてる。……次は、木材の中に埋まった節を抜いてみろ」


 ガルドにそう言われたナオは、小さく頷き、節のある板を手に取った。


 (埋まってる節に……力を当てて、取り除く?)


 やや難易度は高い。だが挑戦する価値はある。


 ナオはゆっくりと手をかざし、集中する。胸の奥から、あの温かくも鋭い感覚を呼び起こす。指先に光がともり、それを節に向けて流す。


 次の瞬間――


 ぶぅん、と音を立てて、板の中から黒い塊が弾け飛んだ。だがそれだけではない。飛び出した節が空中で止まり、ふわりと浮かんでいた。


 「……え?」


 ナオが思わず声を漏らすと、浮かんでいた節は、ゆっくりと床に落ちた。


 ガルドが驚いたように近づいてくる。


 「おい……今、あれ……浮かせたのか?」


 「えっと、そんなつもりはなかったんです。でも、力を送ったら、急に……」


 ガルドは腕を組み、何度かうなずいた。


 「こりゃ驚いたな。クラフトに必要な動作とは違う……ルクの“応用”だ。そうそう見られるもんじゃねぇ」


 「応用……」


 「本来、ルクは意志を形にする力だ。だが、物を直接動かしたり、火や水のような自然現象に干渉するのは、難しい。俺には無理だ」


 ナオはルゥアを見た。ルゥアは「きゅ」と鳴き、しっぽを揺らしている。


 「……また、ルゥアが助けてくれたのかも」


 「伴種と使い手の組み合わせで、能力の出方も変わるって話はある。お前ら……やっぱり、何かあるな」


 その言葉に、ナオは照れたように笑った。


──


 その日の午後、工房の扉が慌ただしく叩かれた。


 「ガルド! いるか!」


 低く、やや緊張を帯びた男の声。ガルドが扉を開けると、壮年の村人が立っていた。腰にはなた、背中には小さな袋。


 「……ユルクか。何かあったのか?」


 「森の奥で妙な木を見つけた。葉の一部が黒くなって、触ったら粉みたいに崩れたんだ。こんなこと、今までなかった」


 「……黒く、崩れる?」


 ガルドの顔が険しくなる。


 「詳しく話せ。場所はどこだ?」


 ユルクは簡単な地図を描きながら説明を続けた。その間、ナオは黙って様子を見ていたが、ふと口を開いた。


 「あの、僕も……一緒に行っていいですか?」


 ユルクが不思議そうな目でナオを見る。


 「そいつは?」


 「……ナオだ。旅の途中で倒れてたのを拾ってな。今は手伝ってもらってる」


 ガルドの紹介に、ユルクはふむと頷いた。


 「腕は立つのか?」


 「まだ修行中だが……使える力はある」


 「……なら、いい。人数は多い方が助かる」


 こうして、ナオはガルドとともに森の異変の調査へ向かうことになった。


──


 森へ向かう道すがら、風の中にかすかな焦げたような匂いが混じっていた。


 森の中、すでに数本の木の葉が黒ずみ、また一部は表皮が剥がれ落ちていた。


 「これは……普通の病じゃねぇな」


 ガルドが静かに呟いた。


 ナオは、思わず手をかざした。木から、かすかに波のような“揺れ”を感じる。


 (……これは、前に夢で聞いた“観測”の……)


 だが今は、まだその意味を深く理解することはできなかった。


 ナオの背中で、ルゥアが静かに震えていた。

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