第10話 【遊び星】

 ◇


 繰り返している。

 その自覚があるのは管理者シエナと話をしている時だけ。


 それ以外は、”自分には犯罪者を捕まえて、管理者に差し出し、他の善良な人間の命をいたずらに刈り取らせない”という使命があるだけで、繰り返しているという自覚はない。

 …はずだった。


 だけど、時間で言えばもう何億年も、もしかしたら何十億年も前かも知れない。

 管理者シエナと共謀して私は【アーカーシャシステム】を創り出した。


 繰り返す歴史と経験を積み重ね続けたその権能は、私と周りの人に少なからず影響をもたらし始めた。


 刈り取られずに輪廻の輪に戻った魂が、前世の記憶を少し携えたまま魂の着床を再び果たしているような気配がある。


 それは私が一番顕著だ。

 私だけならいい、私だけなら管理者シエナに保護されて、他の管理者の目に届くことはないかもしれない。

 だけど、他の…例えば私の友人はそうはいかない。

 もし、”異物”と認識されれば、すぐにでも魂を刈り取られてしまうかもしれない。

 そうなると、もう輪廻の輪に戻ることもできない。


 だけど、徐々に私の権能が管理者には見つかりやすい状態になってきていると感じる。

 この原因は間違いなく、私の権能である【アーカーシャシステム】の力が増大しているためだ。

 これが機能しているおかげで、後々には他の管理者に対する大きな武器になるだろう。

 権能の力が増大するにつれ管理者からは見つかりやすくなるけど、私が護ると決めた魂も、もう簡単には刈り取れないだろう。

 だけど、これを私が持ち続ければ、いずれこの世界の違和を感じ取った管理者が、護られる魂以外の全ての魂を刈り取ってそれで終わりになってしまう。

 若しくは、魂を守れても肉体を滅ぼされたままだと、輪廻の輪から帰るべきところが無くなってしまう。


 だから、いずれこの権能は、この惑星の外、それこそ別の宇宙にでも逃がさないといけない。

 時は満ちている。

 もう実行に移していい段階にある。

 だけど、まだ私が持ち出せる魂の欠片の数が全然足りない。

 魂の欠片を持ち出したとて、私以外の皆がそのまま他の地で復活できるわけではない。

 ただ、その魂の名残を刻んで、新たな生を得られる、というだけだ。

 だけど、それでも私は、

 そのまま、ありのまま連れて行くことは無理でも、せめてその魂の欠片だけでも。

 ここで生きていたんだという名残だけでも外に逃がしたかった。

 だから私は繰り返し続けた。

 何度も…何度も…何度も!


 私の本当の使命は……続けること。

 そう、生き続けること。

 何百年でも、何千年でも、何億年でも。

 それくらい時間をかけないと、たちには対抗できない。


 私は死ねない。

 物理的に身体は朽ちても、その魂だけは…朽ちさせてはいけない。

 私はもう既に経験している悠久の時の中で、その時を待つ。

 そのあとは、私も含め皆また繰り返すのだろう。

 何も知らないまま、これが最初で最期の人生だと信じ続けて。

 …私の片割れである魂の欠片と権能を送り出した後、残った片割れの私はひたすら耐えるだけになるだろう。

 繰り返し続ける生を受け止め、誰にも話さず、その経験を胸に秘めたまま生きていくのだろう。

 この魂の牢獄で。

 だけど、ひとかけらの望みはある。

 私が送り出す魂の破片が成長し、力を蓄えて、この地を救いに来てくれると。

 人類発祥の地でありながら、管理者たちの”魂の遊び場”と化したこの星で、私は待ち続ける。

 自分の欠片を信じて。


 そのためにはもう一回…。

 もう一回だけ繰り返す必要がある。

 たくさんたくさん、救いたい人たちはいる。

 だけど、もう限界だと思う。

 これ以上、アーカーシャを成長させると、シエナ以外の管理者に感付かれるという予感がある。


 だから、これが最後。

 この一回を繰り返して、私は欠片と権能を送り出す。

 そして、も一緒に連れて行く。



 ◇


 自宅のベッドで目を覚ます凛夢。

 凛夢の母親は凛夢が幼いころ既に他界し、父親は海外を飛び回って仕事に明け暮れている。

 外目には成功を収めたように見えるし、その通りだろう。

 だが、凛夢は幼いころからずっとひとりぼっちだった。

 誕生日であっても、父親から形ばかりのプレゼントは届くが、凛夢からすれば手紙だけでもいいので親を感じさせて欲しかった。

 小さいころから自分の周りにいるのは仕事として身の回りの世話をしてくれる使用人だけだった。

 ずっとひとり…。

 だけどある時、どういう経緯でこの家に来たのかはわからなかったが、ふたりの少女が使用人として加わった。

 ふたりは姿は全く似ていなかったが、まるでその瞳に星を落とし込んだようにキラキラとした目をしていて、そこだけはよく似ていた。

 そしてふたりとも凛夢によく懐いていた。

 他の使用人が仕事として凛夢の世話をする中、そのふたりだけはまるで凛夢と姉妹のようだと感じることができた。

(…このふたりは助けてあげたい……助ける?何からだっけ…)


 シエナの保護を受けて記憶を取り戻している時以外は、使命のことになると記憶が安定しないことがよくある。


 だけど、それももう終わる気がしている。

 何故だかわからないが、それさえ終えてしまえば、あとはただ繰り返すだけ。

 息をひそめて、ひたすら生き続けるだけだ。

 そうなれば…ずいぶんと楽になるはず。


 そう思って、凛夢は今日も生き続ける。

 迫りくる終末の時を迎え、繰り返していく。


 ◆



 ロスト・エデン宙域。


 この宙域は当時の最上位管理者により管理され、人類発祥の地となった。

 しかし当初、生まれくる人類は、ただただ管理者の道具として使われるためだけにその魂を刈り取られていた。


 その状況に異を唱えたのがアズラエルという上位の管理者だった。

 アズラエルは管理者仲間からは名前の文字列を入れ替えて通称”ラアズ”と呼ばれていた。

 ラアズは最上級管理者の右腕として、その才覚を期待されていたが、あるときこのエデンに発生した人類という生命に、”知識”を与え広めた。

 ラアズはただただその魂を狩られるだけの人類と言う存在を、ひとつの生命として尊び、慈しみ、愛することにした。


 最初はどうなることかとその様子を見守っていた他の管理者たちだが、知識を与え広めた人類が、自分の意思で戦い、争い、同じ人類同士で蹂躙しあっているのを見て、失敗だと叫ぶようになった。

 全ての人類の魂を刈り取って、この地を更地にしてしまおうと考えた当時の管理者たちがそう宣言すると、ラアズは反対し、人類を守るような行動に出た。

 それが当時の最上位管理者の怒りを買い、ラアズはその翼をもがれ、知識をはく奪され、魂を破壊された挙句、エデンに堕とされた。

 そこでただラアズの魂の名残だけをもつ存在としてひとりの人間が生まれた。

 ラアズの欠片を宿した人間は、自分が上位管理者だったことすら忘れ、ただひとりの人間として生き続けた。

 寿命も他の人間と同じく、長くはない。

 そして来るべく終末の時を迎え、ラアズの欠片を伴った人間は死ぬ。

 死んだあとは、魂を刈り取られることはなく、再び輪廻の輪をくぐり、創り直されたエデンに舞い戻る。

 死んだ人間であっても、管理者により魂を刈り取られなければ、再びエデンに生を受けるのである。

 ラアズが何も知らず、エデンに転生し続ける様子を見て、他の管理者たちは嘲笑い続けた。


 その様子を管理者シエナはひたすら耐え続けた。

 かつて自分が愛した者をあざ笑い続けられる怒り、悲しみ、憎悪。

 何とかラアズをそこから解放してあげたいというのがシエナの唯一の願いだった。


 ただ、他の宙域への転生は不可能であった。

 ロスト・エデンは管理者の遊び星として、何度も繰り返す。

 魂はその中で繰り返すように管理されている。

 脱出するためには、管理者以上の力を持つものでもいないと不可能。

 魂の牢獄と言われる由縁である。

 それをかいくぐってことを成そうとしているのが管理者シエナと凛夢であった。


 特別な力を持っていた凛夢は、管理者シエナと利害が一致した。

 シエナはラアズの魂の欠片を、凛夢は自分の愛した大切な人たちの魂の欠片と構築したシステムを持って他の多元宇宙への脱出を図る。

 ただ、凛夢は自分の半分はここに残らなければならないことは知っていた。

 欠片を持ち出せても、愛した人たちそのものはここエデンで生き続けなければならない。

 ならば、自分もここに残らなければ。

 そもそも凛夢がいなくなると、他の管理者が気付くだろう。

 それを防ぐためにも、は、ここに残らなければ…。



 ◆

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