第22話 警戒の先に行くには

「そっか。こんどうさん、俺は」

「それで、おきさん。一つご相談があるのですが」


 名乗られたからには名乗り返そうと思った俺だったが、ぐいっと近づいてきた近藤さんの圧に負けて口を閉じた。

 あれ、沖田さん? 何で俺の名前を知ってるんだ?


「う、うん。いいよ。俺でよければ」

 色々疑問に思うところはあるものの、断る明確な理由もないのでうなずく。

「ああ、よかったです。実はですね」

 近藤さんはさらに一歩近づいてきた。何か距離感おかしいな、この子。それこそづきを思い出す。


「都築さんとどうやって仲良くなったか、是非ご教授ください!」

 近藤さんはラケットを持ったまま、胸の前で両手をぐっと握りしめて迫ってきた。


「な、仲良く?」

 どういうことだ。俺が意味をつかみかねていると、はっと気づいた顔をして近藤さんは離れた。どうやら、気合いが入りすぎていたようだ。

「す、すみません。ちょっと私、焦ってたみたいで」

 溺れる者はわらをもつかむ、ってか。近藤さんは顔を真っ赤にして、両手をわたふたと振っている。一緒にラケットも振られているから、まだ近くにいられたら危なかったな、あれ。


「実はですね」

 近藤さんはうつむきながらほおをかく。

「私、都築さんとまともに話せたこと無くて……」


 うわ、それはきついな。俺は素直にそう思った。

 さっき、この子は自分を都築のルームメイトと言っていた。入寮から結構時間がっている。それなのに、部屋の相方とまともに話せたことがないというのは結構深刻な問題だ。

 まぁ、でも、相手が都築だからな。

「分かる。あいつ、美術部の中でも、まだそんな感じだ」

 まともに話せているの、俺と部長と先生くらいじゃなかろうか。それも親しく話せてるのは、ひいき目なしに俺くらいだろうな。他の部員とは、まだ壁を感じる。お互いに。


「でも、私はそれだけじゃなくて、私が話しかけると、いつも機嫌が悪そうで。私、何か嫌われるようなことをしたんじゃないかと思って」

 近藤さんは、自分で話していて思い出しているのか、目に涙がたまってきた。

 まぁ、でも、それも分かるんだよな。だって、相手が都築だし。

「あいつ、目つき悪くなるときあるけど、たぶん、怒ってるときはほとんどないよ」

 例外は直近だと、みねぎしを相手にしたときだな。あの時は怒ってるまではいかなくても、明らかにイライラしていた。みねぎしにはご愁傷様としか言えないが。


「怒ってない?」

 近藤さんが期待を込めた目をしている。かなり頼りない知識ではあるが、たぶん、それには俺は応えられる。

「そうそう。緊張してるだけだと思う。近藤さんがどんな人か分からなくて、警戒していることはあっても、意味なく嫌うやつじゃないよ、都築は」

 だって、あいつ、人見知りだし。しずさわしろさん相手に見せてたのも、あれ、猫の威嚇に近いと思う。知らない相手は、みたいな。


 ……まぁ、分かっていてもこわいけどな、あいつのにらみ顔。


「そうなんですか」

 近藤さんの顔がパアッと明るくなる。手がかりを見つけた喜びが全身からあふれている。苦労、してたんだな。今度は俺が泣きそうになった。

「よかったです。最初、静谷さんに相談したら『あたしの場合、かなりイレギュラーだから』と断られまして。沖田さんと話すことを勧められたんです」


 ああ、静谷とは交流あったのか。体育館の部活同士だもんな。

 それにしても、イレギュラーか。そうだよな。都築と仲良くなったの、静谷の特性も大いに関係あると思うけど、きっかけはぶっ倒れた俺の介抱に付き合った一件だもんな。かなりイレギュラーだ。

 そんなのしてほしくないし、させるわけにはいかない。都築を二度とあんな顔にさせるか。


 ただ、仲良く、かぁ。俺の場合もかなりイレギュラーな気がする。この子に満足する解答できるかな?

「一つ言えるのは、諦めないことかな。それが難しいんだけど」

 俺は、近藤さんと話をしながら、一年前の夏休みのことを思い出していた。



 最初に思い出すのは、美術室の片隅でうなっている先輩の姿だ。


「おわらない、おわらないよ~」

 当時、三年生の美術部員であるみやもとすず先輩は涙目になりながらスケッチブックと格闘していた。スマホで撮った写真とにらめっこしては、大きく嘆息して、またスケッチブックに鉛筆を走らせる。

 ……が、すぐに止まってしまい、ぐでんと椅子の背もたれに体を預けていた。

「うわーん、まだ、こんなにあるよぉー」

 今度は写真をスワイプしながら嘆きだした。年上とは思えない姿を見せつけられ、俺は頭を抱える。


ごうとく

 俺は思わずつぶやいてしまった。

ゆきくん、冷たい。もっと、先輩を敬えー」


 冷たい?

 口をとがらせるすずさんに、俺は眉根を寄せた。


 今日は夏休み。美術部の活動は、そもそも先生が美術室にこれる時間での自由参加。そして、今日は先生は忙しいので来れない。つまり、休みの日だ。

 そんな日に休み返上で活動している後輩に冷たいだと? 俺は、ちょっとイラッとした。


「見学者に似顔絵プレゼントなんてやりだしたのも鈴さんですし、他に見たいものがあるからと断った子らに『じゃあ帰り寄ってね』って写真撮ったのも鈴さんです。俺は事前に聞いていません。手伝う技量もありません。鈴さんが頑張るしかありません」

「うわーん、幸くんがいじめるー」


 正論でたたいたら、先ほどまで涙目だった鈴さんが本当に泣き出した。しまった、やりすぎた。

 こうなると鈴さんポンコツになるんだよなー。頭を抱えながら、俺はどうするべきか考えた。


 今日は高校見学の日である。つまり、未来の後輩になるであろう中学三年生が我が高校の門をくぐるのだ。体験授業があったり、自由見学の時間があったり。

 基本的に在校生は不参加のイベントなのだが、一部例外があって。部活動はできるし、何なら見学者向けに常識の範囲内で独自に体験会などをしてもいい。


 まぁ、うちの部は基本放任だから。誰かやりたい人がいれば、という提案に手を上げたのがこの宮本鈴音先輩というわけである。この先輩、こういうのが好きなのだ。

 それで、手伝う人がいなさそうだったのを見かねて俺も参加しているわけである。

 

 ……先ほど先輩を敬え、と言われたが、もちろん尊敬している。なにせ、色鉛筆しか使ったことのなかった俺に美術が何なのか教えてくれたのはこの人だ。先生から手伝って、と指名されたときは露骨に嫌な顔をしていたが、意外としんに教えてくれた。

 先生いわく、タイプ的に似ているとのことで。ほんとかなー。


 その恩に報いたいと思って、今日も手伝ってるんだけど。でも、似顔絵はなぁ。俺、人物画をあまり描いたことないし。


 俺は小さく息を吐いた。

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