第21話 「動」の刺激

「犯罪者は皆がそう言うんだー」

 物騒なことを言いながらしずは笑っている。実に不愉快だ。

「人を勝手に犯罪者にするな」

 俺はようやく立ち上がって、不満げに口をとがらせた。

「ははは、分かってる分かってる。おきにはそんなことする度胸ないし」

 静谷は非常に不名誉な俺の評価を口にする。できれば、別のことで信頼してほしいなと思う。


「おまえこそ、何してんだよ」

 練習着姿の静谷は首をかしげる。

「何って、沖田がなんかこそこそしてるから変なことするつもりなら止めてあげないとって思って」

「だから、のぞいていない」

 ……いや、状況だけ見たら、のぞいてることになるのか? さっきまで静谷探して体育館の中を見渡してたわけだし。


「今日のチーム練習はコート狭いから、あたしは順番待ち。そしたら、沖田の姿が見えたからね。ちょっかいかけに来た」

 静谷はしてやったり、といったにやけ顔を見せる。ちょっと頭にきた。思い通りに驚かされた俺自身にも腹が立つ。

「口を慎め、シズヤカナ」

「フルネームで呼ぶな!」

 さっきまで笑っていたのに、急にほおを膨らませた。いつか、その膨らんだほおをつついてやる。


「それにしても、結構長い間見ていたけど、本当に何の用?」

 どうやら、静谷は俺が体育館に到着した時にはすでに気づいていたらしい。

 こいつ、死角にいやがったな。それで、俺に見つからないように背後に回り込んだってわけだ。全く気づかなかった。

 

 別に、ここでごまかすことではない。俺は正直に言うことにした。

「静谷の練習風景見せてもらおうと思って」

 ちょっと顔が熱くなった。あれ、なんで恥ずかしいんだ?

 そっか、俺、慣れないことしてる。静谷の領域に踏み込むの、実は初めてなんじゃないか。いつもは向こうから来るし。


「へ」

 俺の申し出に対して、静谷は間抜けな声を出して固まった。なんで、そんなに驚いているんだろう。口を半開きにしたままだ。

「ど、どういうことかなっ。急に」

 静谷は明らかに動揺している。先ほどまで、俺をからかっていた人間とは思えない。

 俺がこの時間帯に体育館に来るとしたら、静谷に会いにくるくらいしかないだろう。確かに珍しいことだが、そこまでうろたえることか?


 俺としては、許可もらわなくてもみていくつもりだったんだが、そんなに嫌がるのか。それなら仕方ない。

「駄目なら帰るけど」

 俺がそう言うと、目をまん丸にして静谷は首を横に振った。

「だめ、じゃないっ!」

「そ、そうか?」

 静谷はなぜか動きがガチガチである。珍しいものを見れている喜びよりも、心配が勝る。

「いや、本当に無理ならいいんだけど」

「むり、じゃないっ!」

 なんか、そういうロボットみたいだな、と俺は思った。


 俺達がそんなやりとりをしていると、一人の女生徒が近寄ってくる。

「カナ~、私達の出番」

 静谷はその声にくるりと振り返る。

「うん、すぐにいく」

 そして、もう一度くるりとこちらを向く。


「よ、よし」

 静谷はほおを両手でパチンとたたく。肌に跡が残っている。ちょっと、痛そうだ。

 何でそんなに気合いをいれているんだろうと思っていると、静谷が俺の鼻に向けてビシッと指を指した。


「じゃあ、かっこいいところ見せてあげる。見逃さないようにっ」

「お、おお。わかった」

 妙な迫力のある静谷に、俺はうなずくしか無かった。そこまで気合いを入れる理由は俺には分からなかったが、せっかく許可をもらえたんだから、堂々とみていくことにしよう。

 これでのぞきだなんだと言われる心配はなくなったことだし。気にしてない、気にしてないぞ、俺は。


 そんなわけで、しばらく静谷の練習風景を見学することになったのだが。

「……」

 今度は俺が口を半開きのまま固まっていた。


 今、静谷が参加しているのは攻守交代制のチーム練習だ。守備側がボールを奪えたら、交代というシンプルなルール。しかし、いったん静谷の側に攻撃権が移ると彼女は圧倒した。


「カナッ」


 声をかけられてパスを受け取る姿勢をとる静谷。ボールを受け取る。相手が詰める。しかし、もうそこに彼女はいない。次の動作に移るタイムラグが全く無い。流れるようにドリブルに移行して、守備を置き去りにする。

 そうかと思えば、視線をずらすだけで相手の動きを誘発して、逆の方向にボールを投げる。そこにはちゃんと、もう一人の味方がいた。視界、どうなってんだ。そりゃ、俺もすぐに見つかるわ。


 とにかく、早いし速い。「さいのスピードスター」も言い得て妙だな。試合のときは遠くから見ていたから気づかなかったけど、近くで見ると後輩がはしゃぐのも分かる。


 極めつけは、わざとゴールから離れて。止まることなく流れるような所作でシュートの体勢に。体重移動どうなってんだ。

「うわぁ」

 俺はその放物線がネットに吸い込まれていくのを見て、ほうけるしか無かった。


 そんな静谷を見て、俺はなんかうずうずしてきた。

 あの動きを表現するなら、どうしたらいいだろうか。わざと崩し気味にすることで、俺が見たままを描くことはできないか。そうだ、速さ、なんてものを絵に閉じ込める、それは何て面白い挑戦じゃないか。

 心に熱がともってきたような気がする。俺は、思わず拳を握りしめていた。


「あっ」

 静谷と目が合う。

「へへっ」

 彼女は俺へと向けてピースサインを送る。俺は、それに対して親指を立てた。普段はこんなこと、恥ずかしくてできないのに。

 いや、いいものを見せてもらった。これなら、先生のもく通り気持ちの入った作品が作れそうだ。


 静谷に一言告げて、俺は体育館を出る。

「よかった」

 いい刺激になった。本当、静谷は俺にないものを持っている。うらやましいと思うこともあったが、そんなことに脳を使うくらいだったら自分の武器を磨いた方が建設的だ。

 俺は俺のできることをしよう。いや、今はしたい、かな。こんな気持ちにしてくれた静谷に感謝だ。


「あ、あの」

「はい?」


 そんな風に一人満足感を得ていた俺は知らない声に呼び止められた。

 振り返る。そこには、やはり知らない女子生徒がいた。手にラケットを持っている。あれは、バドミントンのそれかな。


「すみません、急に声をかけて」

「いや、別にいいけど」

 顔をよく見る。あれ、どっかで見覚えがあるな。どこで見たんだっけ? 結構最近だったような……。


「あっ」

 俺が急に声を出したので、彼女はビクッと震えた。

「……君、寮にいた?」


 俺がぶっ倒れた日。づきを寮に送っていって、その玄関で寮母さんに事情を説明していた。その奥で、様子をうかがっていた子。

 そうだ、あの子だ。道理で見覚えがあると思った。俺達が怒られている間、ずっと一緒に怒られているかのように恐縮している姿が印象的だったから、よく覚えている。


「はい、そうです。私、都築さんのルームメイトでこんどうっていいます」

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