第23話

兄の幻影が消えた後も、部屋の狂気は収まらなかった。壁の写真から流れ出す血は、床一面に広がり、私たちが立っている足元までもを赤く染めていく。耳をつんざくような「助けて」という叫び声が、資料室全体を震わせた。


「悠真くん、陽菜!この部屋の呪いは、兄さんの憎しみだけじゃない。ここに閉じ込められたみんなの後悔と絶望が、この部屋を維持させているんだ!」


私は叫んだ。このままでは、私たちもこの絶望に飲み込まれてしまう。悠真は、血に染まる床を見つめ、冷静に状況を判断しようとしていた。


「呪いの源は、ここにある。この部屋のどこかに、みんなの後悔を集めている核があるはずだ」


悠真の言葉に、陽菜がハッとしたように、部屋の中央にある古い机を指差した。


「あそこよ!あの机の上にあった鏡!鏡は消えたけど、鏡が置かれていた場所が、一番冷たい!」


私たちは、血の海を避けながら、古い机に近づいた。机の上は、鏡が置かれていた場所だけが、乾いたように白く、異様に冷たかった。まるで、その下に、この世の熱をすべて奪う何かが隠されているかのように。


「ここだ…!この下に、この部屋の呪いの源がある!」


悠真は、血で汚れた手で机の引き出しを乱暴に開けた。引き出しの中は、空だった。しかし、引き出しの底に、紙が一枚貼り付けられているのを見つけた。


それは、悠真の兄の友人の筆跡で書かれていた。


「『部屋の主は、鏡ではない。主は、最初からここにいた。そして、主は、私を許さない』」


そのメッセージを読んだ瞬間、私たちの背後で「ガチャン」という金属音が響き渡った。


驚いて振り返ると、私たちが通ってきた鉄扉が、まるで生きているかのように、内側から閉められていた。もう、出口はない。


そして、閉じられた鉄扉の表面に、私たちに向かって、何かが文字を書き始めた。


「…お前たちも、ここに、永遠にいるんだ」


それは、血ではない。それは、この部屋に囚われた人々の怨念が、扉に刻まれた言葉だった。私たちは、この部屋の真の主が、兄の怨念でも、鏡でもない、全く別の何かであることを悟った。


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