第二話「味噌汁の恩返しは、卵焼きで。」

 「さて……そろそろ“お礼”をせねばなるまいな」


 その朝、俺は台所に立っていた。

 目の前には、割った卵。そして、ネットで検索した「簡単卵焼きレシピ」のページ。

 そう——昨晩、植村さんがくれた味噌汁があまりに沁みて。

 なぜか俺は、恩返ししたいモードに突入していた。


「女子高生の手料理なら100点満点で受け取るけど、年上相手にお返しとか……なんか違う……でも、でもよ……」

 なぜか、あの人の笑顔が頭を離れない。

 何が“おばさん”だよ。あれはもう、**“優しさの暴力”**だろうが……!


「くっ、どうすりゃいい……!」


 そのときだった。

 玄関のチャイムが鳴った。



「あ、あの……日向です。隣の上の部屋に住んでて……」

 開けたドアの向こうには、ふわっとした雰囲気の女の子。

 どこか見覚えがある——と思ったら、以前ゴミ出しのときに見かけた大学生、日向めぐるだった。


「えっと、ガスの点検の人が来るって聞いて……でも管理会社が来ないって言ってて……」

「あ、うちもです!っていうか……味噌汁、こぼしそうになって焦ってたんですよ」


 ——気がつくと、二人で話し込んでいた。

 そこから、なぜか流れるようにこうなった。


「え、じゃあ……卵焼き作ってるんですか?」

「え、はい……っていうかその、隣人にお礼というか」

「ふふっ、がんばってください! ちなみに、味噌汁ならわたし得意です」


 勝手にキッチンに入ってきた彼女は、冷蔵庫の味噌を確認して「これは赤味噌ですね〜」と笑った。

 その笑顔がやたらと明るくて、植村さんとは違う、**“太陽の癒し”**みたいだった。


(おいおい……どうなってんだ……俺の部屋、女子がふたりも出入りしてるって、これ……!)


 しかし、現実は非情だった。

 火加減をミスったフライパンからは、煙。

 卵は焦げ、味噌汁はぬるく、しかも……


「べす、ダメーーッ!」


 ドアが開いたと思ったら、植村さんとべすが入ってきて、

 「ウ゛ゥゥゥゥゥ……」とまた唸られる。


「え、北山さん、誰と……?」

「ち、ちがっ、これはっ、隣の、そのっ、たまたま来て……!」


 ——その日、卵焼きは失敗し、味噌汁は飲まれず、

 北山の部屋は、一日じゅう、焦げ臭かった。

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