第二話「味噌汁の恩返しは、卵焼きで。」
「さて……そろそろ“お礼”をせねばなるまいな」
その朝、俺は台所に立っていた。
目の前には、割った卵。そして、ネットで検索した「簡単卵焼きレシピ」のページ。
そう——昨晩、植村さんがくれた味噌汁があまりに沁みて。
なぜか俺は、恩返ししたいモードに突入していた。
「女子高生の手料理なら100点満点で受け取るけど、年上相手にお返しとか……なんか違う……でも、でもよ……」
なぜか、あの人の笑顔が頭を離れない。
何が“おばさん”だよ。あれはもう、**“優しさの暴力”**だろうが……!
「くっ、どうすりゃいい……!」
そのときだった。
玄関のチャイムが鳴った。
*
「あ、あの……日向です。隣の上の部屋に住んでて……」
開けたドアの向こうには、ふわっとした雰囲気の女の子。
どこか見覚えがある——と思ったら、以前ゴミ出しのときに見かけた大学生、日向めぐるだった。
「えっと、ガスの点検の人が来るって聞いて……でも管理会社が来ないって言ってて……」
「あ、うちもです!っていうか……味噌汁、こぼしそうになって焦ってたんですよ」
——気がつくと、二人で話し込んでいた。
そこから、なぜか流れるようにこうなった。
「え、じゃあ……卵焼き作ってるんですか?」
「え、はい……っていうかその、隣人にお礼というか」
「ふふっ、がんばってください! ちなみに、味噌汁ならわたし得意です」
勝手にキッチンに入ってきた彼女は、冷蔵庫の味噌を確認して「これは赤味噌ですね〜」と笑った。
その笑顔がやたらと明るくて、植村さんとは違う、**“太陽の癒し”**みたいだった。
(おいおい……どうなってんだ……俺の部屋、女子がふたりも出入りしてるって、これ……!)
しかし、現実は非情だった。
火加減をミスったフライパンからは、煙。
卵は焦げ、味噌汁はぬるく、しかも……
「べす、ダメーーッ!」
ドアが開いたと思ったら、植村さんとべすが入ってきて、
「ウ゛ゥゥゥゥゥ……」とまた唸られる。
「え、北山さん、誰と……?」
「ち、ちがっ、これはっ、隣の、そのっ、たまたま来て……!」
——その日、卵焼きは失敗し、味噌汁は飲まれず、
北山の部屋は、一日じゅう、焦げ臭かった。
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