『隣の植村さん』
猫師匠
第一話「隣に引っ越してきたのは“おばさん”──のはずだった。」
朝、アパートの廊下に出た瞬間、俺は思わず舌打ちを漏らした。
「……うわ、引っ越してきてるじゃん」
俺の部屋、103号室の隣。長らく空き部屋だったそこに、昨日から引っ越しの気配があった。今日になって見ると、既に表札が新しいものに変わっていた。
「植村……恭子、さん?」
やたらと整った文字。こういうの、女子力高そうな感じ。
が、俺はそっとその場を離れる。どうせ、おばさんだ。ここに来るのなんて、おばさんしかいない。
——そう思ってた。
その数分後、階段下で鉢合わせるまでは。
エコバッグを肩にかけた女の人。ワンピース姿に、ゆるく結ばれた髪。
あっ、とは思った。
正直、綺麗な人だった。
でもその直後、俺の脳内では防衛本能が叫び出す。
(あ〜〜〜〜〜〜〜でも絶対おばさんだってこれ!)
そう。俺は22歳。若い女子高生、女子中学生が好きだ。Silent Riotの姫咲ことねちゃんを推してるガチ勢で、今日もライブ帰りのタオルがバッグに入ってる。
——なのに。
「おはようございます」
ふっと、微笑まれてしまった。
声がやさしい。
目が少し、寂しそうだった。
そして、なぜか。
初恋の人に似てた。
「……お、お、おはようございます……」
声がうわずった俺は、そのまま逃げるように階段を駆け下りた。
*
夜。コンビニ弁当をつついていたら、ドアがノックされた。
開けると、例の“おばさん”——いや、植村さんがそこにいた。
「あの……よかったら、味噌汁だけなんですけど……飲みませんか?」
手には、サーモスのポットとお椀がふたつ。
「作りすぎちゃって……でも、捨てるのももったいなくて」
なんでだよ。
なんでそんなこと言うんだよ。
俺、今まで、女子大生以上は全部“おばさん”だと思ってた。
けど、目の前のこの人は。
やさしくて、ちょっとだけ寂しそうで、すごく綺麗だった。
「……飲みます」
返事をした瞬間、足元に黒い犬が近づいてきた。
「べす、ダメよ、吠えちゃ——」
が、もう遅い。
「ウ゛ゥゥゥゥゥ……」
「お、おおお前、またかよっ!」
猫丸のおじさんの愛犬、べす。
なぜか俺にだけ異様に厳しい。今日も例外ではなかった。
植村さんは笑った。
べすは唸った。
味噌汁は、少ししょっぱかった。
でも——あたたかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます