第3話 ツカサとコウスケ


 街外れの河川敷で、二人の青年は芝生に腰掛けていた。自販機で購入した缶コーヒーで一服し、緊張感から解き放たれた心身を休ませる。川の湿度を含んだなめらかな風が、若者たちの肌を撫でた。


「すまないな、巻き込んで」


 一方の青年、ツカサは缶に口をつけながら謝罪した。真剣なのか軽薄なのか計りかねるあっさりした口調に、もう一方の青年、コウスケは苦い顔をする。


「奴ら撒いたし、もう教えてくれてもいいんじゃない?」

「ああ」


 ツカサは周囲を見回すが、目に映るのは土手道を散歩するお年寄りや、河川敷に作られたグラウンドで遊ぶ子供たちくらいだった。安全を確認し、彼はコウスケの方に目をやる。


「三日前に、あのヤクザどもに依頼されて、宝石店に盗みに入ったんだ。それでダイヤモンドを盗んだんだが、逃げる途中でそいつを失くしちまってな」


 宝石店。ダイヤモンド。コウスケはその単語に覚えがあった。


「するってぇと、あんたが十億のダイヤを盗んだ……。ラジオのニュースでやってたぜ。強盗事件の」

「強盗か……。一応空き巣のつもりで人のいない時間を狙ったんだがな。店にオーナーが残っていて、そういう形になっちまった」


 疲れ切っていたコウスケの目に光が宿る。


「すげえすげえ! あんた有名人じゃねえか!」


 突然はしゃぎだしたコウスケにツカサは驚く。


「なんだお前……。有名っていってもハリウッドスターじゃねぇんだぞ」

「いやいや! 俺のような落ちこぼれからすりゃあ、あんたみたいなアウトローは大スターだよ! 十億だぜ十億!」


 コウスケは一人盛り上がる。ツカサはその勢いに全くついていけなかった。彼は歓声を横にコーヒーを小口で飲んだ。


「なあ、盗みに入ったのは今回が初めてなのか? 依頼って言ってたけど」


 構わず問うコウスケ。ツカサは呆れ気味に応答する。


「俺はああいうヤクザ連中みたいな、裏社会の人間からの依頼を仕事にして、日銭を稼いでんだよ。まあ闇の便利屋みたいなもんだな」

「マジかよ! やっぱしアウトローじゃん!」


 ヒーローに出会った少年のようにコウスケは高揚する。彼はすっくと立ち上がって、満面の笑顔をまき散らしながら、溢れんばかりの衝動を発揮して手足を振り回した。地面の芝生を蹴り飛ばし、のどかな河川敷の風景を蹴散らしていった。それは嬉しいことがあった幼児が、感情を処理しきれず暴れ出す様によく似ていた。ついて行けないツカサは一層疲れ果てて、コーヒーを飲み干して自らも立ち上がった。


「迷惑かけたな。じゃあな」

「お、どこ行くの」

「当てなんてない」


 去ろうとするツカサの肩をコウスケが掴んで止めた。


「待てって。当てがないのは俺も同じさ」


 彼はにこやかにはにかんでみせる。


「お前にはあの車があるだろう」


「あいつは借りもんなんだよ。すぐに返さなきゃいけない。なあよかったら一緒に行こうぜ」


 ツカサは険しい顔になり、肩を掴む手を振り払った。


「お前わかってるのか? 俺は強盗なんだぞ。しかもヤクザに狙われてる。ついてくればお前も間違いなく危険な目にあう。今別れれば、お前は俺に脅されて、逃走に利用されたってことで済むんだ」


 釘を刺すツカサ。しかしコウスケはにこやかな笑みを真剣なものに変え、答えた。


「利用されたなんて思っちゃいないさ。あんたと出会えたのは、きっと運命ってやつだよ。あんたのそばにいれば、きっと何もかも上手くいく。俺そんな気がしてんだ」


 まだら金髪の青年は不敵に笑う。


「それに、旅は道連れって言うだろ? 例えどんな目にあっても、それはそれさ」


 不敵な笑みが、またにこやかな笑みに戻った。コウスケの態度にツカサは驚きつつも、その険しい表情をどこか柔らかくさせた。彼はコウスケに背を向け、歩き出した。


「勝手にしろ」


 涼しげな青年は高い背を向けながら言い放った。


「よっしゃあ! 勝手にするぜ!」


 また子供のようにはしゃぎ、コウスケは金髪を振り乱して、ツカサの後を追うのだった。


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