第20話 崩れる静寂

放課後、いつもの屋上。


 冷たい風が吹く中、黒川はひなこと向き合っていた。

 彼女の表情には、笑顔でも悲しさでもない、焦りのような何かがにじんでいた。


「……もう、ほんとにダメなんだ?」


「……ああ。何度でも言う。今の俺には、お前じゃない」


「ふーん……意外とあっさりだね。昔あんなに、“俺が守る”とか言ってたくせに」


「……あれは、お前が壊れそうだったからだ」


「今もそうだよ。……黒川、私、あんたがいなきゃ……」


 言葉が震える。


 そして次の瞬間――

 ひなこは、黒川の制服の胸をつかみ、唇を強引に押し当てた。


 その動作は、迷いのない、でもどこか切迫した“願いの暴力”だった。


「……っ!」


 黒川は一瞬動けず、しかし――


 すぐに、彼女の肩を強く押し返した。


「……やめろ、ひなこ」


 低く、鋭い声だった。


「もう、お前にそういう気持ちはねぇって言ったろ」


「……っ、なんで……どうして、私じゃダメなの……!」


 ひなこの声が震え、目に涙がにじむ。


 その時――


 屋上のドアが、ぎぃ……と、軋んだ音を立てて開いた。


 そこにいたのは、こはるだった。



「……あ」


 ドアの隙間から見えたのは、

 唇を拭う黒川と、涙ぐむひなこ――そして、乱れた制服の襟。


「……っ、ご、ごめん……」


 こはるの表情が、見る見るうちに驚き→動揺→傷つきへと変わっていった。


「ち、違う。今のは俺――」


「見たよ……見ちゃったから。……ごめん、私、帰るね」


「待て、こはる!」


 黒川が声を上げて手を伸ばすが――


 こはるは首を振って、早足でその場を去っていった。



 静まり返る屋上。

 残された黒川と、項垂れるひなこ。


「……これで満足か?」


「……ううん。最悪。

 だけど……あんたが、私を突き放した時の顔、ちゃんと見られた」


 ひなこは苦く笑った。


「本当に好きだったんだね、あの子のこと」


「……そうだよ」


「……いいな、こはるちゃんは。

 ちゃんと選ばれて、ちゃんと愛されて」


 そう呟き、ひなこはそっと屋上を後にした。



 そして、夜。


 黒川はスマホを見つめながら、メッセージの入力画面を開いた。


【黒川】

《話させてくれ。あれは……俺がされたことだ。信じてほしい。》


 送信ボタンを押そうとして――

 指を止める。


(……今の俺の言葉、どれだけ届くんだ)


 その問いに、答えはまだなかった。

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