第7話 雨あがりのキミと、僕と。

朝のバスの中は、にぎやかだった。


 こはるは窓側の席に座り、隣に座った友達とおしゃべりしながら、出発の瞬間を待っていた。

 外は曇り。天気予報では午後から晴れるらしい。


 斜め前の席——少し離れたところに黒川くんがいた。


 イヤホンを片耳にだけ挿し、窓の外を見ている。

 無表情だけど、どこか緊張してるようにも見えた。


(……なんか、今日もかっこいいな)


 そんなことを思ってしまう自分が、少し恥ずかしい。


 こはるはそっと、視線を戻した。



 動物園に着いてからは、班行動。


 こはるの班には、黒川くんのほかに男女2人ずつ。

 パンダの前で大騒ぎする友達をよそに、こはると黒川は、少し離れて立っていた。


「パンダ……見れてよかったね」


「……ああ」


「好きなんでしょ? パンダ」


「……まあ、嫌いじゃねぇよ」


 黒川は、ポケットに手を入れたままそっぽを向いた。


 でも、パンダが笹をかじるたび、ちらちらと目線を送っている。

 こはるはその横顔を見ながら、くすっと笑った。



 水族館エリアに入る頃、少しだけ空が明るくなってきた。


 班の中の女子が、こはるにそっと言った。


「ねぇねぇ、こはる。黒川くんって、何か話してくれる?」


「え? うん、まぁ……ちょっとずつ」


「いいなぁ~。私もさ、前にちょっと話しかけたらガン無視されてさ~」


「あ、あはは……」


「ちょっと今日、話してみよっかな。こはる、協力して!」


 女子たちは盛り上がりながら、黒川に近づいていった。


「黒川くーん! イルカかわいいよね~! 見た?」


「……別に」


「え~、そっけな~い! でも、照れてる? かわいい!」


 こはるは後ろで見ていた。


 黒川は表情を変えないまま、ちらりとも彼女たちの方を見なかった。


 それでも——その無反応さが、なぜか胸に引っかかった。



 その後、休憩時間になった。

 こはるがベンチに座って水を飲んでいると、黒川が隣にやってきた。


「……」


「……ありがとう。疲れた?」


「お前こそ、喋りすぎて疲れてんだろ」


「え、見てたの?」


「……見てなくても聞こえるわ」


 こはるは笑った。

 でも、黒川の口調はいつもより、ほんの少しだけ尖っていた。


 こはるは、なんとなく気になって聞いてみた。


「さっき……女子たちに絡まれてたね。嫌じゃなかった?」


「別に。慣れてる」


「……そっか」


 それきり、会話は止まった。


 だけど、しばらくして——黒川はぽつりとつぶやいた。


「……ああいうの、どうせすぐ飽きるし」


「え?」


「本気で話したいわけじゃねぇよ。顔とか、雰囲気だけで近づいてくるやつばっか」


「……うん」


「でも、お前だけは、最初からそうじゃなかった」


 その一言に、こはるの胸が一気に熱くなる。


「……なにそれ」


「……だから、なんでもねぇって」


 黒川は顔をそむけ、立ち上がった。


 照れ隠しなのは、バレバレだった。



 帰りのバス、夕焼けが見える。


 こはるは黒川のひとつ後ろの席にいた。

 シートに頭を預けながら、ぼんやりと外を眺める。


 気づけば、今日一日、何度も黒川のことを目で追っていた。


 笑ったとき、黙っていたとき、他の誰かと話す姿まで。

 全部、気になって仕方なかった。


(好き、だよね……やっぱり)


(でも、この気持ち……ちゃんと伝えられる日は、来るのかな)



 その夜。

 スマホの画面に“黒川くん”の名前は、まだない。

 LINEも、何も来てない。


 でも、それでもよかった。


 こはるは画面を伏せて、窓の外の星を見上げた。


(また、明日会えるから)

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