第二十四話:ツチノコ神社

 森の中にポツンと空いた穴。



 光が差し込む祠に視線を向けると、なんだか地面が歪んで見えるような気がした。



「……ここ、ヤバい所なんじゃないか?」

 この場所は自分達の世界ではない、どこか別の世界で。その先に触れると、何か決定的に、世界の仕組みが変わってしまう。そんな気がした。


「でもよ、ツチノコ、こんなにいるぜ」

「だからだろうが」

 あんなに探したツチノコが、逃げもしないでわんさかいる。



 あんなにというか、勿論ツチノコを探していたのは自分達だけではない。この数十年、色々な人がツチノコを探していた筈だ。

 それなのに、一度も捕獲されたり存在の証明がされなかったツチノコが、目の前に呆れそうになる程の数でジッとしている。



「どう考えてもここはおかしい」

 本能的に、この場所にいたらいけない。そんな事を感じた。


 きっとここは、人が居てはいけない場所なのだろう。

 立ち入ってはならない神域。自分達の世界とは違う場所。


 けれど、ここには、ずっと追い求めていたツチノコがいる。



「ねーねー、ツチノコさん。この山の神様の事、知らない?」

 レジ子が一匹のツチノコに近付いて、そんな事を聞いた。しかしツチノコは、首を横に振る。


「……レジ子がツチノコと意思疎通してるんだけど」

「……俺達もやってみっか?」

「でも、さっきのレジ子の質問が全てだろ。ツチノコは土の子じゃないし、姫でもない。どうすんだコレ」

 ツチノコに会えたからといって、姫に会える訳じゃない。



 可能性として、村の人達がツチノコを信じる気持ちを取り戻せば、人々の何かを信じる心で神様の土の子が復活出来る──かもしれない。そんな程度の話だ。



「あの祠、どう思う?」

「マジで辞めとけ。絶対に碌な事にならん」

 この場所の中心にある祠。


 曰く、ツチノコ神社。

 きっとそれは、人が触れてはいけない場所なのだろう。



 だからこそ、この場所は地図にも載っていないし、村人達も来た事はあっても記憶が曖昧だったりするのだ。



 だからコレは、触れてはいけない。



「触っちゃお」

 しかし、ヒラケンがそれに触れる。



「ヒラケーーーン!!!」

 一がそう叫んだ瞬間──光が消えた。


 祠も消えた。四人も、消えた。世界がひっくり返った。世界の形が変わっていった。世界が逸脱した。



 ☆ ☆ ☆


 気が付けば、山の入り口で寝転がっていた。



「──死んだ!?」

 起き上がる一。時刻は昼過ぎ。


 ミヒロとレジ子とヒラケンも、同時に目を覚まして身体を起こす。



「あれ?」

「あれ? じゃないよお前──って、ツチノコ!?」

 ヒラケンの頭の上に、ツチノコが乗っていた。


 なんなら先程までいたツチノコ神社ほどではないが、辺りには数匹のツチノコが普通に地面を這っている。



「ツチノコ、ゲットだぜ~」

 その内の一匹を、レジ子が持ち上げた。


「ばっちぃから後で手をちゃんと洗えよ」

「うん」

「いや、そういう話じゃなくね?」

「なんか……俺達、もしかしてやっちまったんじゃないか?」

 良くある「お前、あの祠を壊したのか」みたいな風景がミヒロ達の脳裏に過ぎる。



 あの祠は、本当に人間が触れて良い物ではなかった気がした。もう遅いが。



「ヒラケン……」

「え、俺……なんかやった?」

 あっけらかんと、お約束通りの言葉を吐くヒラケン。


 しかし、やってしまった物は仕方がない。

 今の所は特に悪影響は無いように見える。ツチノコが普通に目の前にいる以外は、普段通りだ。



「……で、どうすんだ」

「どうすんだって?」

「お前がツチノコ探しに行ったんだろうが。探してどうするつもりだったんだよ。コレを村の人達に見せて回るとかでもするのか?」

 ミヒロは近くにいたツチノコを掴み上げて、一の顔に押し当てる。


 それでも逃げないのだから、ミヒロが言う事も可能かもしれない。

 そうなれば、ツチノコの存在を信じる──どころか、証明してしまえるという訳だ。



「それだと、信教って事にはならねー気がするんだよな。だってツチノコを証明しちゃったらよ、信じるっていうか……それが当たり前になっちゃうんじゃね?」

「知らん。なら、どうするつもりで探してたんだよ」

 コイツは何も考えずに夜中に山に入ってツチノコを探していたのかと思うと、もう数発くらいは殴っておいた方が良い気がしてくる。


 否──ミヒロはツチノコを握っていなかったら、一をボコボコに殴っていた──かもしれない。



「チラ見せが大事って事?」

「何の話だ? レジ子」

「ほら、ホラー番組とか。オカルト番組とか。幽霊がいるって証拠を見せるんじゃなくて、いるかも〜ってお話をするから」

「ツチノコを、チラ見せするのか」

「ツチノコ祭りで?」

「それだ!」

 レジ子に続いて、ヒラケンの言葉に声を上げる一。


 ツチノコの存在をチラつかせて、証明しなければ、ツチノコを信じる──ツチノコって本当にいるのかもしれない──という気持ちが人々に湧き上がる筈だ。



 そうすれば、その力で土の子──姫とまた会えるようになるかもしれない。




「──と、いう訳で寺浦さん。なんか良い案ありませんか?」

 ──数時間後。


 遠くで祭りの音が聞こえる、山の入り口。

 電話で呼び出された寺浦と宇田川が目にしたのは、ツチノコ数匹に囲まれた若者四人である。



「……ツチノコを手懐けたのか」

「……どうなってるの」

 二人はただ唖然とした。


「なんか、気が付いたらこうなってて。……とりあえず、ツチノコ見付けたんで、土の子──姫をどうしたら復活させられるのかアドバイス下さい!」

 何の遠慮もなく、一は寺浦にそう言う。


 寺浦は一度素っ頓狂な顔をしてから、腹を抱えて笑った。



「どうやら、本物・・らしいな」

「ツチノコは本物っすよ。まさか……疑ってたんすか?」

「いや、ツチノコはいる・・って信じてたぜ。まさか、捕まえちまうとは思わなかったけどな」

「捕まえたっていうか、逃げないだけだけどな」

 ツチノコを鷲掴みにしながら、ミヒロがそう呟く。



 一度ヒラケンが食べようとしたが、ツチノコは怯えてプルプルと震えるだけで逃げようとはしなかった。



「で、逆にそれが困るんすよね。他の人にツチノコが捕まっちまうと……ツチノコを信じるどころか、ツチノコを証明しちゃう事になるんで。それって、信仰を広めるって考え的にはアウトっすよね?」

「お、良く考えてるな。全くもってその通りだ。……それじゃ、どれどれ。俺もツチノコを触らせてくれ」

 返事をしながら、寺浦はその辺にいたツチノコに手を伸ばす。



 しかし、ツチノコは寺浦が掴もうとすると──目にも止まらぬ速度でレジ子の背後に隠れた。



「いらっしゃいませ〜、ツチノコ」

「逃げられなんだけど……」

「あれ? 何でっすかね?」

 その辺のツチノコを拾い上げて、頭を撫でる一。


 寺浦が一に近付いて手を伸ばすと、そのツチノコも一瞬で何処かへ逃げてしまう。



「あなた達だけにしか気を許してないのかしら……」

「お前ら……なんかツチノコと契約とかしたのか」

「……な、何もしてないです」

 祠の事を言おうとも思ったが、何か凄い怒られ方をしそうな気がしたので一は口を閉じた。



「俺がツチノコじん──」

 ──ヒラケンが神社という前にミヒロが口を閉じさせる。



「まぁ、俺達以外にもこうだってんならツチノコの証明に関しては安心しても良いかもな。多少の実験はしておいた方が良さそうだが」

「なら後は……あなた達がどうするか、ね。あの子を……姫ちゃんを復活させたいなら、より多くの信仰が必要になるわ。……だから、より多くの人にツチノコを信じさせる必要がある」

「そこで悩んでるんですよ……。祭りとかもあるから、人が集まってるんでツチノコをチラ見せしまくるって手もあるんですけどね」

 今日は年に一度のツチノコ祭りだ。村の人達や観光客も集まっているだろう。


 けれど、祭りの場で一人一人にツチノコをチラ見せして回っていては時間が足りない。

 村の年寄り達は信仰を持っていたが、それでも姫は消えてしまった。数少ない信じる心だけでは足りない事は分かっている。



 だから、より多くの人々にツチノコを信じて貰う必要があった。


 

「なら、良い方法がある。より多くの人間が、ツチノコを信じる気持ちになる……良い方法がな」

 寺浦は不敵に笑いながらそう口にする。


 まるで悪巧みをする小さな子供のような表情は、一達にとって逆に信じられる物に見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る