第二十三話:ツチノコを探して
泥濘んだ地面をゆっくり、静かな山を歩く。
「川の近くはまだ危ないだろうから、近寄らないようにしないとな。……てか、あの時のツチノコ捕まえておけば良かった」
姫を見つけた時、レジ子がライトを向けた先にツチノコがいたのを思い出した。
あの時はツチノコどころではなかったが、今こうして探すとなると悔やまれる。
そもそも今日までツチノコを探すつもりでいる時に見付けた試しがない。
探したら見付からないのかとも思うが、今は探すしかない。
「流石に暗いな」
ライトを着けて、慎重に歩いた。怪我なんてしてら、姫が心配してしまう。
それで姫と会えるなら、なんて考えたが──あまりにも不誠実だ。神様は、見てる筈だから。
「……ぇ、お前まさか」
そんな事を考えていたら、いとも簡単に、あまりにも唐突に、なんの前触れもなく、ツチノコが目の前に現れる。
ソレはこれまで見てきたツチノコよりも少し小さなツチノコだった。
「姫の近くにいたツチノコか?」
姫を追いかけて来た時にいたツチノコに似ている。そんな確証もないが、そういう気がした。
「お前を捕まえてよ……ツチノコはいるって、村の皆が信じてくれたら。姫とまた会えるかもしれねーんだ」
一は姿勢を低くして、両手を広げる。
神様を信じる心、ツチノコという未確認生物を信じる心。
ほんの少しでも村の人達がソレを取り戻せれば、また姫に会える筈だ。
「大人しく捕まってくれよ……な!!」
捕まえようとすると、逃げるツチノコ。
「あ、こら待──」
それを追いかけようとして──
「──ぁ」
──足が滑る。一の意識は、そこで途切れた。
☆ ☆ ☆
幼馴染の膝の上で目が覚める。
「……っ、姫は!?」
「覚えてたね」
「……らしい」
ゆっくりと起き上がって、窓の外を見た。
眩しくて目を瞑る。同時に肩の痛みを思い出して、凄く酷い表情になった。
冷静に考えると、血が出るくらいの怪我を姫の存在ごと忘れて風呂に入っていたのは怖い。
逆に、この痛みがある内は覚えていられるのかもしれない──なんて事を思う。
「忘れられなかった……」
「ミー君が、忘れたくなかったからじゃない?」
いつ寝たのかは覚えていない。
痛みよりも先に姫の事を思い出したのか、姫の事を覚えていたから痛かったのか。
「楽しかったもんね」
「……そうだな」
流されるまま着いて来たツチノコ探し。でも、結局、なんだかんだで楽しかったのだ。
忘れたくないくらいには。
「……でも、もう姫はいない」
「二人共起きたー?」
部屋の外からヒラケンの声が聞こえてくる。レジ子がゆっくりと立って、扉を開いた。
「ヒラケンは覚えてる?」
「俺は神の力なんかには負けないが?」
「おー」
そういえば、昨日最初に姫の事を思い出したのはヒラケンだったか。
「二人共元気出たなら、ツチノコ探しに行こ。一兄ちゃんは昨日の夜から探してる」
「ツチノコ……」
「何やってんだあのバカ……。そんな気分な訳がないだろ」
ツチノコを見つけたら姫が帰ってくるなんて保証はない。
「……夜中に一人で山なんか行ったら危ないだろうが」
「お電話?」
「バカが遭難してたら迎えに行かないといけないからな」
「やさしー」
「アイツがいないと運転手がいない……。……圏外?」
話しながら一のスマホに電話を掛けるが、スマホは着信が鳴る事もなく「おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります」とガイダンスが流れる。
「どうしたの?」
「一のスマホに繋がらん」
「電池切れかな……?」
「……ったく」
ミヒロは頭を掻きながら部屋の外に出た。レジ子は急いでリュックを用意して、着いて行く。
「ツチノコ探しに行くの?」
「一のバカを探しに行くの」
ヒラケンにそう言って、ミヒロは階段を降りた。
レジ子は、玄関で一階の部屋に視線を向ける。どうやら二人はいないらしい。物音一つ聞こえてこない。
車はそのまま置いてあるが、運転免許を誰も持っていないので歩いて自然公園へ。
この五日間、毎日通った道だ。
「公園……にはいないか」
「川はまだ危ないかな?」
「そんなに近付かなければ大丈夫だろうが、一もそこまでバカじゃ……いや、バカか?」
「一兄ちゃんの評価悪」
ツチノコ公園についても、一の手掛かりは見付からない。
「……ん? え、ミヒロ兄ちゃん! レジ子姉ちゃん! ツチノコ!」
ヒラケンが突如そう口にして、二人の背後を指差す。ミヒロもレジ子も、同時に「え?」と素っ頓狂な声を上げて振り向いた。
「ツチノコ……!」
「こういう時しか出てこないのか……?」
「待てー!」
「おいヒラケン!」
ヒラケンがツチノコを追い掛ける。
ツチノコは、普通に逃げた。
逃げるツチノコを追い掛ける。逃げるツチノコを追い掛けるヒラケンを追い掛ける。
「待て、ツチノコ!」
「お前が待て」
走るヒラケン。しかし、彼は山道で急に止まった。背後から走って来たミヒロとレジ子が順番にぶつかる。
「急に止まるな」
「アレ」
「……一のカバン!?」
ヒラケンが突然止まったのは、山道に一の持ち物らしきカバンが落ちていたからだ。
「アイツは本当にバカなのか!?」
ツチノコそっちのけで、ミヒロは初めのカバンを持ち上げる。中身を確認すると、電池の切れたスマホが入っていた。
「
声を上げる。返事はない。
「は、一君が……」
「なぁ、二人共。ツチノコ」
「いや、今はツチノコどころじゃ──あ?」
ヒラケンが指差す先で、ツチノコが三人を真っ直ぐに眺めている。
まるで、着いてこいと──そう言っているようにも見えた。
「ミー君」
「何か知ってるのか……?」
ゆっくりと近付けば、ツチノコは同じ速度で何処かへ進む。
「何処に連れていこうってんだ……」
そのまま着いていくと、周りの木が増えて辺りが暗くなってきた。
視界が悪くなり、三人はツチノコを見失わないように進んでいく。ふと、足を踏み出した瞬間──
「ぇ」
「ぉ」
「ぁ」
──そこには地面があった筈なのに、足を踏み外した感覚を感じた。次の瞬間、落ちるような感覚。
視界が暗転する。
落ちた気がするのに、姿勢はそのまま。視界が開けて、目の前に先程までなかった光景が現れる。
木々に覆われて暗い森の中。その中にポツンと開いた空間があり、その真ん中にある小さな祠へと空から光が差し込んでいた。
「ツチノコ神社……」
ミヒロの口からそんな言葉が漏れる。
一のお気に入りのカレー屋の店主が、そんな話をしていた事を思い出した。
「アレ見て」
ヒラケンが何かに気が着いて指を刺す。その先には──
「一!?」
「と、ツチノコ……!」
「なんで三人までここに!?」
──その先には、一がいる。しかも、ツチノコを抱いて、その頭を撫でていた。
気が付けば、祠の周りは至る所にツチノコが沢山いる。あんなに必死に探したツチノコが、視界一杯に広がっていた。
「どうなってんだ……。姫は居ないのに、ツチノコだけこんなに」
「うわー、ツチノコパラダイス」
「食い放題じゃん」
ヒラケンの言葉に、数匹のツチノコが若干プルプル震える。しかし、ミヒロ達が動き出してもツチノコ達は逃げる素振りも見せなかった。
「なんかよ……気が付いたらここに居てさ。ここってさ、アレだよな? ツチノコ神社!」
「……だろうな。ほら、鞄」
「お、サンキュー」
「怪我は?」
「してない。なんか、気が付いたらここにいて──痛ぇ!!」
「一人で危ない事すんな」
鞄を放り投げてから、一の頭にゲンコツを入れるミヒロ。一は口を尖らせながらも「すみませんでした」と素直に謝る。
ツチノコ達は、そんな一達をただ見守っていた。
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