第十九話:土の子見付けた

 雨と一緒に、土が流れていく。



「──ぇ……」

 ミヒロが掴もうとしたその手が、土塊になって、地面に落ちた。



「何……コレ」

 姫もそれが理解出来ていないようで、表情を歪めて、「その手を押さえる。触れたそばから、手が、腕が崩れていく。


「姫……ちゃん?」

「姫……」

 ミヒロは目を丸くして、直ぐに自分が着ていたコートを脱いで、姫に被せた。



 何が起きているのか分からない。

 突然、姫の身体が、土になって、消えていく。



「嘘だろ……」

 一の脳裏に浮かぶのは土の子・・・という神。



「姫、大丈夫だ。……一旦宿に戻ろう。な?」

 状況は理解出来ないが、このままでいる事が良くないという事だけは分かった。


 ミヒロはコートに包んだ姫を抱き上げようとするが、そのまま身体が全部なくなってしまうのではないかと恐ろしくなって、強く身体に触れられない。

 今にも何処か手の届かない所に行ってしまいそうな姫の身体を掴んでいたい。でも、その手は、空気を強く握る。



「れ、レジ子姉ちゃん……」

「何……これ」

 姫が普通の人間じゃない事くらいは、ヒラケンもレジ子も分かっていた。けれど、あまりにも衝撃的な光景に、言葉が出てこない。



「と、とにかく! とにかくそうだ! ミヒロの言う通り、宿に──」

「あなた達……」

 雨は強くなっていく。


 そんな中で、山の方から、宇田川の声が聞こえた。



「ぁ、ちょ……待って」

 一の声は、雨にでも掻き消されたのか。


 訝しげな表情で背後に立っていた寺浦を置いて、宇田川は姫の元へと走ってくる。



「こんな所で何をしてるの? 雨だからってそんな暑いコート、女の子に被せ──」

 ミヒロもレジ子もヒラケンも、状況を飲み込めずに、宇田川を止めなければという判断が出来なかった。



 宇田川が姫の姿を見る。


 彼女の表情は、困惑から、怒りの物へと変貌した。



「──あなたが、土の子だったのね」

 そう言って、宇田川は胸ポケットのペンを逆手で強く握って振り上げる。



「ぉ、おい宇田川! 辞めろ!」

 気が付いた寺浦の静止も、雨に掻き消されたのか。それとも聞く気がなかったのか。


「やっと、やっと土の子を見付けたわ。……この──人殺し!!」

 ペンを持った手は、力強く振り下ろされた。



「……っ、ぁんた……! 何してんだ……!」

 そのペンを、ミヒロが身体で受け止める。焼けるような痛みを感じ、肩に突き刺さったペンから赤い液体が衣服を濡らした。


「……っ、ミー君!!」

 レジ子が宇田川を突き飛ばし、ミヒロの肩を見る。血が垂れて、レジ子の顔は真っ青になった。



「俺は、大丈夫。姫だ」

「……っ、ぅ……うん」

 幼馴染の悲痛な表情に、涙を流しながら、レジ子は姫を抱き締める。


 ミヒロと、レジ子と、ヒラケンが、姫の前に立って宇田川を睨み付けた。



「宇田川!!」

「離して寺浦君! 土の子がいるのよ! アイツが、おばあちゃんを!」

 そんな宇田川を寺浦が抑えつけるが、彼女は血走った目を姫に向けながら暴れ回る。


 流石に男の力には勝てないのか、彼女が寺浦の拘束を抜ける事は出来ないが、その血気迫る表情にミヒロ達は怖気付いた。

 一体何が、昨日姫に優しく接してくれた彼女をそこまで掻き立てるのか。



 土の子とはなんなのか。



「あなた達は姫の敵なんですか……?」

 一は守るべき友達の前に立つ。言葉を選んでいる余裕はなかった。



「信じられないかもしれないが……俺は敵になるつもりはない。どちらかと言えば、土の子は俺達人間の敵なのかどうかを俺が知りたいと思ってる」

「訳分かんないっすよ。なら、攻撃しちゃダメでしょ」

「それはな、本当にそう。ウチの若いのが手間を掛けた。謝罪もするし、コイツがやった事の責任は取る。……だから、本当に信じて欲しいんだが。とりあえず、お互いこの場で雨に濡れながら話すなんて不毛じゃないか?」

 宇田川を拘束しながらそう語る寺浦。


 彼は最終的に「あー、もう暴れるな!」と宇田川の後頭部を殴打して彼女を気絶させる。



「ちょ、仲間なんじゃないんすか!?」

「話が出来ないのは困るからな……。コレで少しは警戒を解いてくれるとありがたい」

 寺浦は敵意がない事を示すように両手を上げてからそう語り、その両手で力の抜けた宇田川を背負った。



「宿で話そう。巻き込まれてしまった以上、坊主共には全部教えてやる。その子が何者なのかをな」

 宇田川を背負って、寺浦は村への道を歩き出す。



 ここで姫を連れて、寺浦達から逃げ出す事は簡単そうにも見えた。

 けれど、それでは何も解決しない事くらい、一達にも分かる。



「ミー君……大丈夫?」

「ちょっと大丈夫じゃない。痛い」

「よしよし」

「それより、今は姫だ。手、繋いでやってくれ」

「……うん」

 レジ子は優しく、姫の手を取った。


 それが崩れるなんて事はなかったが、姫は一言も話さず、俯いて、歩いていく。

 ヒラケンはその隣を、ゆっくりと歩幅を合わせて歩いた。


 一とミヒロが、寺浦の背後について歩いていく。



 雨は、更に強さを増していった。



 ☆ ☆ ☆


 お互いの車で宿に戻った寺浦達と一達は、一階の寺浦達が借りている部屋に集まる。



 七人も集まると流石に少し窮屈だ。

 そんな部屋の端で、姫はミヒロのコートを羽織ったまま大雨が降る窓の外を黙って見詰めている。



「……ごめんなさい」

 車の中で目が覚めてから、寺浦に落ち着けとでも言われたのだろうか。幾分か冷静さを取り戻した宇田川は、誠意を込めてミヒロに頭を下げた。



「俺じゃなくて、姫に謝ってくれ。……あんな小さな女の子に、俺がこんな怪我するような事するなよ」

 そう語るミヒロの背後で、珍しくレジ子が唇を噛んで怒った表情を見せている。



「……本当に、ごめんなさいね」

「ふぬぅ……」

「レジ子、偉いな。ありがとな」

「ぬぬぅ……」

 が、今怒ってもミヒロとしては論点がズレる事が分かっていたから、彼女も黙っていた。



「で、一。なんか知ってんだろ」

 レジ子を落ち着かせてから、ミヒロは一と寺浦に視線を向ける。



「この人達は……その、オカルト番組のスタッフさんらしいんだけど。それは表の顔で、ガチでその……なんていうんだ? 神様の研究? してる人?」

「平たく言えば超常現象、怪異を管理している」

 一の言葉に続いて、寺浦はそう口にした。



「まぁ、俺達が何者か……よりも、その子が何者か。そこの方が気になってるんじゃねーかな」

 寺浦の言葉に、一達は一斉に首を縦に振る。



 岩永姫というツチノコを探す少女は、土砂崩れでなくなった筈の何もない場所に住んでいて、身体が土塊になってなくなってしまった。

 ただの女の子じゃないのは分かっている。なら、彼女はなんなのか。




「どこから話せば良いか……」

 寺浦は姫と一達四人を見比べてから口を開く。



「三年前、この村から山の反対にある西野原村という場所が土砂に埋まってなくなった。……一見ただの自然災害に見えたこの事象だが、最近行われた地質調査で超常の現象が関わっている可能性が示唆された」

 寺浦は立ち上がり、一瞬考える素振りを見せてからこう続けた。



「──話がややこしくなるから簡単に言うと、だな。この辺りには神様がいて、それにより物理的にはありえない事象が起きている可能性がある。土砂崩れはその一連の事象の一つだ、と……考えられた。俺達が東黒川自然公園の神様、土の子を調べに来た理由がコレだ」

 そう言ってから、寺浦は宇田川の肩を叩く。



「宇田川の爺さん婆さんがその西野原村に住んでてな。……土砂崩れの理由が土の子にある、そう思ってしまったなら、宇田川にとって土の子は家族の仇って事になっちまう。少し冷静に考える力が足りなかったようだ。許してやってくれ」

 寺浦は、宇田川と一緒に頭を下げた。それは、誠意ある大人の対応に見える。



「──で、だ。ここまでが俺達の身の上話。ここからは、その女の子。……東黒川自然公園という名の山の神、土の子についてだ」

 寺浦は自分達が何故、何を探しに来たのか。その事を話してから、一達に土の子とは何かを語り始めた。

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