第19話 初めての先発

「――では、今日のスタメンを発表する。1番 サード――」



 それから、二週間ほど経て。

 3塁側のベンチの前にて、今日のスタメンを発表する高岡たかおか監督。すると、事前に言っていた通りキャッチャーとして名前を呼ばれる高畑たかはたさん。そして――



「――7番、ピッチャー 実松さねまつ

「……はっ、はい!」


 不意に呼ばれた自分の名前に、はっと驚き返事をするわたし。……いや、聞いてたけど。先発とは聞いてたけど……うん、やっぱりいざ呼ばれちゃうとびっくりで。



「初先発だね、実松さん。ぼくらがしっかり守るから、自信を持って投げよう」

「……鴇河くん……うん、ありがと」


 スタメンの発表が終わった後、ややあって優しく声をかけてくれる鴇河くん。……うん、いつもありがとう、鴇河くん。……あっ、ちなみにスタメンは以下の通りです。



 1番 サード    渡辺わたなべ


 2番 ライト    松下まつした


 3番 ショート   鴇河ときかわ


 4番 レフト    宮島みやじま


 5番 キャッチャー 高畑たかはた


 6番 ファースト  磯辺いそべ


 7番 ピッチャー  実松さねまつ


 8番 センター   高橋たかはし


 9番 セカンド   荒井あらい





 ――カーーン!



「――よっし、いいぞ啓斗けいと!」

「さっすが啓斗くん!」


 それから、数十分後。

 1回表、先頭バッターの渡辺くんが2球目を打ちセンター前へのヒットで出塁。……それにしても、ほんとによく打つなぁ、渡辺くん。


 その後、鴇河くんのホームランで先制。そして、高畑さんのヒットなどでチャンスが広がり――



「――ナイスバッティン、実松!」

「ナイス未来みらいちゃん!」


 打席にて、思いっきり振り抜くと打球はレフトとセンターの間を抜け二塁打に……うん、なんだか今日は乗っていけそう! 




 ――と、思ったのだけど。



「――ボール! ファーボール!」


 1回裏、二者連続のファーボールによりワンナウト1塁2塁。……まずい、コントロールが定まらない。いつも以上に、ほんとに全然ストライクが入らなくて。


 だけど、鴇河くんのファインプレーにも助けられピンチを脱出。どうにかこうにか初回を無失点で終えて……ふぅ、良かった。



「……ったく、ちゃんと投げなさいよ。捕る方の身にもなってよね」

「……ご、ごめん」


 すると、ベンチへと戻る途中、あきれたようにそう告げる高畑さん。うん、申し訳ないとは思う。思うん、だけど……だけど、なんだろう。この言いようのないモヤモヤは。




 その後も、再三ランナーを許しつつもみんなの守備にも助けられ何とか3イニングを1点で切り抜ける。そして、4回の裏――



「――ボール! ファーボール!」


「……はぁ、はぁ……」


 1球もストライクが入らず、先頭打者の出塁を許してしまう。……まずい、ほんとに入らない。なんとか、まずは1球だけでも――



「――あっ!」



 すると、投じたボールは高畑さんが伸ばしたミットの横を抜けていく。そして、その間にランナーは進み2塁へと――


 すると、ほどなく鴇河くんが塁審の人へタイムを告げる。そして、マウンドに集まり優しく声をかけてくれる内野のみんな。一方、わたしを鋭く見ながらこちらへ歩いてくる高畑さん。そして――



「いいかげんにしなさいよ、実松。これじゃ試合になんな――」

「――ちゃんと捕ってよ高畑さん!」



 そう、思わず叫ぶわたし。ハッとして見ると、ポカンとした表情のみんな。でも、一度出してしまった言葉はもう戻せず――



「はぁ? あんたがロクな球投げないからでしょ。自分のノーコンを他人ひとのせいにすんのやめてくんない?」

「……っ!! ……でも、鴇河くんなら――」

「……っ!! ……だったら、いつもみたいに彗月はづき先輩に捕ってもらえば良いでしょ!!」

「わたしだってそうしてもらいたいよ!! でも、監督が言うんだからしょうがないじゃん!!」



 すると、マウンド付近でヒートアップする高畑さんとわたし。その後も言い合いは続き、チームのみんな――内野だけでなく外野のみんなも来てなだめてくれて、それでどうにか収まって。

 ……でも、心のモヤモヤは消えるどころかいっそう募るばかりで。更には、審判の人の注意を受けいっそうモヤモヤは募る中、再び投球へと戻ることに。


 ……いや、分かってるよ? 構えたところにちゃんと投げられないわたしが悪いってことくらい、分かってるよ? でも……キャッチャーなんだから、高畑さんだってもっと真剣に捕ってくれたって……ああもう! なんかイライラす――



「…………あっ!」


 投じたボールは、高畑さんの……どころか、大人である審判の人の更に上――つまりは、誰から見てもあからさまな大暴投ということに。……だけど、問題はそれ以上に――


「…………あ」


 すると、ゆっくりとベンチからホームの方へと歩いていく高岡監督。その途中、チラとわたしを見たその瞳には、今まで見たことがないほどにありありと怒りが宿っていて。そして――



「――すみません、審判。投手の交代をお願いします」












 

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