病名

 「はぁ、ただいま〜」

狭く薄暗い自室に帰ってきた僕は、スクールバッグを投げ置く。

バサリとベッドの上に置いてあった、着替えが落ちた。

……めんどくさ。

制服のままベッドにダイブする。しばらく洗えてないせいか、汗臭い匂いが舞った。

しばらくゴロゴロするけど、なんだかつまらない……

下からは、僕より小さい子供達の笑い声が響いてきた。防音性能の低さに、また顔をしかめる。

僕は転がっていた漫画を手に取り、パラパラとめくっていった。


「へぇ、智里って……こういうのに興味あったんだ」

凛とした声が僕の耳に届く。


「ん〜、全然。こんなの、何が面白いか分かんないよ」

「お〜い智里ー。今からゲーセン行かねー」

外から、煩わしい声が僕を呼ぶ。僕は笑顔の仮面を貼り付けて、窓に近づいた。

「ごめ〜ん、俺パスで〜」

「えぇ~、つれねぇなあ」

「予定あんだってば……」

「そうか~あぁ、明日漫画返せよー」

「分かってるって」

そう返すと、喧騒はリンベルをかき鳴らしながら遠ざかっていった。

乱暴に窓を閉め、鍵を掛ける。カーテンも閉めれば、部屋はさらに暗さを増した。


「いいの?行かなくて」


「うん、行ってもつまんないだけだからね」


「ふ~ん、智里も変わったね」


「そうかな。でも、本当の僕を見せるのは……

__翔、だけだよ」

僕は、声の主に視線を向ける。


「そうだね。あいつらは、智里のこと何一つ分かってない」

半透明の翔は、ベッドに寝転がりながらニヒルに笑っていた。


「それに……大人もふざけたことを言うもんだね」

翔は、スクールバッグからはみ出ている紙に手を伸ばす。

だけど、その手は触れることなく通り抜けた。


「まぁ、一応仕事で出しているだけだからさ」

僕はその紙を引き抜く。

__ある文章が目に写ってしまった。


診断結果【複雑性悲嘆】


「決められたもので括らないでよ」

そのままビリビリと診断書を破り、ゴミ箱に捨てる。


「ホント、病名つけたら楽になるわけないのにね。

……そういえば、取れたの?免許」


「もちろん、これで夢を叶えられる」

僕は得意げに、ポケットから一枚のカードを取り出す。

原付バイクの白い免許証が輝いて見えた。


「よく頑張ったね。智里」


ぷかりと浮いた翔は、優しく僕を抱きしめる。だけど、そこから温もりや鼓動は伝わってこない。

__でも、かすかな記憶から、翔の温もりと鼓動を感じることができる。

……翔は、いなくなっていない。

僕はゆっくりと、翔の背中に手を回す。

「お待たせ、翔。やっと、ここから抜け出せるよ。

これからも…………ずっと一緒にいてくれるよね?」

その言葉に、翔は細い猫の目を緩める。


「当たり前じゃん。俺は、隣にいるよ」


__あぁ……今でも、翔は僕のひかりだ。

もう、手放したりしない。


「いつ出発する?智里」


「そうだね、明日……いや、今すぐ行こう。翔と海が見たいな」

僕は、ずっと大切にしまっていたバイク雑誌を取り出した。






 僕は、普通じゃない。

だけど、一緒にいてくれる人がいるから……今日も、取り繕いながら生きていく。

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診断結果【ひかり】 猫月まお @nekoduki0726

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