第12話 信仰

“豊穣の聖女”の巡行により、教会の名声は高まった。聖女の祈りに人々が感銘を受け、その評判は小波のように静かに——だが確実に広がっていった。


巡った農村はいずれも豊作となった。それが聖女の加護か、単なる偶然か——真実は分からない。……いずれにせよ、民は聖女を崇め奉り、毎年の巡行を求めるようになった。聖女の名声はとどまるところを知らず、その名を冠した御守りやお茶に肥料なども……各地で流通し始めたようだ。


そんな中、コラリーヌも、ノラも、他の聖女たちも、結婚して教会を去り、新たに来た聖女たちと入れ替わっていった。


“豊穣の聖女”・ジネットだけが、聖女の象徴として教会に留まった。


* * *


教会に入って、気づけば十年以上が経っていた。私も、もう三十を越えてしまった。人からは今も「美しい」と言われるけれど、自分ではその翳りを自覚し始めている。


きっと、私はこのまま聖職を続け、生涯を教会とこの国に捧げることになるだろう。


——私が、本当に欲しかったものはなんだったのだろう。


ここは、かつて夢を膨らませたような場所ではなかった。聖職者たちは、それぞれの欲望に満ち、誰もが神を“自分のため”に利用している。聖女たちも、自らの結婚のために神を体良く使っているだけだ。……それを、責めるつもりはないにしても。


この国は肥沃な大地を持つが、多くの「豊穣」の間に記録的な「凶作」が訪れることがある。


ソレイユ神教では飢饉を“神の試練”として位置づけて、王家の政治的決定を正当化する材料に使ってきた。信仰が王家の権力維持装置なのだと気づいた時には、もうこの組織の中に取り込まれてしまった後だった。


“豊穣の聖女”は、信仰を支える象徴であると同時に、教会の発言力を高める道具でもあった。それは司祭たちの悪意からくるものではなかったかもしれないが、欲望からくるものであることは間違いなかった。


ただ、絶望だけではなく、希望もあった。


信仰は、教会の中ではなく、むしろ民の中にこそある。民の信仰だけは、本物だった。聖女の祈りに民が触れた時の様子は、まるで絵画のように見えた。


彼らは本気で神を信じ、聖女に救われたと心から感謝していた。民のあの様子を目にしていなければ、私はとっくにこの立場を退いていたかもしれない。


神とは何か。信仰とは何か——。


この問いに答えを出すには、まだ時間がかかるのだろう。私は今日も祈る。冷たい石の上に膝をつき、静かに手を重ねて。ただ、誰かの願いが、神に届くことを信じていた。



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