魚座のおはなし
その旅人は、原始に海から陸へ上がったいきものたちの一人でした。
はじめて上がった陸の上はすべてが新しく、珍しいものや景色にあふれています。
いきものたちの中ではあとから上陸した旅人でしたが、思いがけず夢中になってあちこちを旅していました。
旅人は、時折海に残った友人たちに宛てて手紙を出しています。
ある時海に手紙を流そうと海岸へ行くと、一人の人魚に出会いました。
遅ればせながら陸へ上がろうとしましたが、途中で力尽きて中途半端な人魚の姿のままになってしまったのです。
じたばたしているまぬけな人魚に、旅人は大笑いしました。
陸に上がるのをためらって失敗した友人たちに少し似ています。
「また海に戻るのもいいかもしれないな」
そう思いましたが、とりあえず人魚をなんとかしなければいけません。
旅人はとりあえず内陸の美しい泉に人魚を連れて行きました。これで干上がる心配はないでしょう。
旅人は人魚の世話をして、人魚は最近の海の様子などを旅人に語ります。
2人はいつしか恋仲になっていました。
でも旅人は陸で、人魚は水の中でしか休めません。
「やれやれ、また魚のしっぽが必要になるとは海の仲間たちに笑われるな」
そう言って旅人は再び魚に変化しました。
「2人で川を下って海へ行こう。友人たちに紹介するよ」
旅人は友人に宛てて伴侶を得た旨を手紙にしたため先に川に流しました。
今度帰るよ、と付け加えようとしましたが、急に帰ってびっくりさせようと思い直して取りやめました。
そんな時に突然大洪水が起こったのです。
洪水はすべてのものを流していきます。
旅人は人魚とはぐれないように、水辺のツタでお互いの体を結びつけました。
2人は一緒に流されていきました。
洪水が終わった時、気が付くとそこは標高の高い山の上で、水が取り残され美しい湖になっていました。
泳ぎ疲れ、魚のままになった2人には湖を出る力は残っていませんでした。
いつか再び世界を沈めるほどの大雨が降り、湖から水があふれる日まで2人は湖で静かに暮らしています。
湖は切り立った山の上。
誰も会いに行くことはできません。
でも、夜空が澄みきった日には、寄り添って湖を泳ぐ2人の姿が天上の大鏡に写し取られたように見ることができるでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます