山羊座のおはなし

 昔、いきものは皆海に住んでいました。

海の生き物ですから、当然ヒレがあり、エラがあり、しっぽがあったのです。


 空にお日様が昇るようになると、暗い海の底に住んでいたものたちはその光に惹かれて一斉に陸を目指しました。

人見知りのヤギは、それをひとりだけ恐ろしいものを見る目で眺めていました。

海の生き物が陸に上がれば、呼吸ができないに決まっているのです。

陸に上がったものたちは帰ってきませんから、その後どうなったかなんてわかりません。

自分もうまく陸に適応できると誰が言えるでしょう?

家に留まるヤギの傍に最後まで残っていた友人が「では僕が行って外の様子を手紙に書いて送るよ」と言いました。


 ひと月後、最初の手紙が波に乗って届きました。

友人は陸に上がることができたようです。

しぬほど苦しかったが、それを超えると体が軽くなり、肺ができたそうです。

ヤギには理解しがたい話でした。

今のままでも暮らしていけるのに、どうして命がけで遠い土地へ行き、違う生き物にならなくてはいけないのか。

 でも、手紙の中の友人は楽しそうでした。

キラキラ輝くお日様のもとで、大地にはいろいろな発見があるようです。

その報告の手紙は最初頻繁に届いていましたが、やがて間隔が開き始めました。

伴侶を得た、という報告を最後に手紙は途絶えてしまいました。


 ひとりぼっちになってしまったヤギは身を裂かれるほど辛いと感じましたが、それでも陸に上がる決心はできませんでした。

ただ、海面まで出かけていって、遠く陸地を眺めることにしました。

 すると、海面にはたくさんの船が行き交っていました。

海のいきものたちは陸に上がった代償に、海を泳ぐ力を失い、船を使うようになったのです。

 ヤギは友人を乗せていないか、手紙を持っていないかと美しい声で船を呼び寄せて訪ねようとします。

 しかし、ヤギの住処は元々荒れた海だったため船は声で方向を見失い、あるいは波にぶつかり帰れなくなるものが続出しました。

そしてヤギの住む海は人を惑わす化け物が棲む海として次第に敬遠されるようになり、船すらめったに通らない場所となったのです。


 ヤギの孤独は今も続いているのでしょうか。

それはわかりませんが、夜空を見上げると今でもしっぽを持っ山羊の銀の鱗が弾く光が空を横切っていくのを見ることができるのです。

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