第32話 形勢逆転ってやつ《夏原涼音視点》

「これうまそうだな」

「いいじゃん、買ってこ」


 勉強を終え、燎と夜ご飯をスーパーに買いに行く。手を繋いだ瞬間、じんわり伝わる体温。……いやもう、慣れるなんて到底無理で、胸がバクバクしている。


 付き合い始めて一ヶ月。毎日が夢みたいだ。いまだに彼が……そ、その、……彼氏ってやつになったことが信じられない。文化祭二日目の放課後に告白されてから……いや、ひょっとすると、一度目の告白の時から、私はずっと彼の魔法にかけられっぱなしなのかもしれない。


 彼氏になった燎は、とにかく最高。荷物はさりげなく持ってくれるし、車道側も自然に歩いてくれる。エスコートなんてサラッとやっちゃうし、しかも毎日、必ず愛情を伝えてくれる。恥ずかしがらずに。


 私も彼女として返そうとしているけど……正直、追いつけない。


 ただ、一つだけ不満がある。――最近、燎がやたらモテてること!


「彼女持ちはモテる」って噂は本当らしい。もともと女子と話すタイプじゃなかったのに、私や琴花を通じて接点が増えた結果……顔がいいのに性格まで良いってバレてしまった。気を抜けば、すぐ誰かに声をかけられてる気がする。


 だから私が甘えるのも、しょうがない。……そう、しょうがないのだ。これは、他の子にデレデレする燎への罰ってやつ!


 ***


 あれから燎の家に帰って、準備をする。玄関を開けてただいまと言った時、ちょっと一緒に暮らしてるみたいでドキッとしたのは内緒だ。


「何見る? アメコミでも見るか?」

「それもいいけど、たまには他のが見たいな〜。ジャンルで絞ろ」

「そしたら、定番どころだと、アクション、SF、恋愛、あとはホラーとか――」


 ホ、ホラーですか……無理すぎる。私、怖いのほんとダメなんだ。文化祭でやったお化け屋敷なんて、ほとんど店番もできずに廊下で看板持ってたくらい。あんな学生の手作りですら無理なのに、映画なんて見られるわけない。


「俺は、ホラーがいいかな。ちょっと夏は過ぎちゃったけど」

「ホ、ホラー……」

「無理なら別に他でもいいぞ?」

「はぁ!? こ、怖くないし……。よく見るから、知ってるやつだとつまんないなってなっただけだし……」

「なら、ちょうど最新のがあるぞ!」

「ひぅっ……」


 ……なのに、燎はやけにホラー推し。しかも、こっちの顔色を見ながらニヤニヤしてる。完全にわかっててやってるな、この男。


 日頃の仕返しか、と悔しがっていると、ふといい案が思いつく。いいだろう、そっちが、その気なら、自分にだって策がある。燎のもう一つの問題を突くことにする。


「すまん、魔が差した。こっちのアクション映画とか――」

「……いい」

「え?」

「だから、ホラー映画でいいって言ってんの!」

「ほんとに大丈夫か?」

「……その代わり、要求します!」

「よ、要求?」


 涙目になりながらも、にやりと笑みを作る。燎のもう一つの問題、それは――


 ***


 あぁ~、し、幸せ~。ブランケットで密封された空間で、全身に燎を感じる。ここに永住したい。彼の細身の体躯は、触れてみるとガッチリしていて、寝心地も最高だ。


 くんくん、くんくん、彼の匂いを嗅ぐ。いい匂いではあるものの、まだお風呂に入っていないからか、男性らしさを感じる少し汗を感じる香りが、最高だ。……や、やばい、よだれ出そう。


 そんな夢のような時間を過ごしていると、トントンと涼音の背中をタップされる。気がつかなかったが、いつの間にかテレビの音もしない。ちょ、ちょっと待って、最後に一吸いしてから……


「……すぅ~、はぁ~。あれ? もう映画終わったの?」

「……いや、途中で止めた」

「いいよ、全然見てて」

「あの……、提案があるんですが」

「?」

「映画を変えませんか?」

「なんで? まだ30分くらいしかたってないよね?」

「……限界なんです」

「限界? あれれ? ひょっとして怖くなっちゃったの~? 苦手ならそう言って――」

「ちげえよ! この状態にだよ!」

「……?」

「なんでわかってない感じ出すんだよ!」


 どうやら、彼の理性のほうが限界らしい。真っ赤になって怒る彼が可愛らしい。彼のもう一つの問題、それは、そう! そっち方面に弱すぎるのだ。手をつなぐ以上、なかなかしてこない。まあ、大切にしてくれてるんだって、思えてそれはそれで好きなんですけど。


 でも、……ふーん、限界なんだ……。これは、ひょっとすると、押せば行けるのでは? はしたない? ええい、知ることか、涼音は進むぜ、未知の世界へ!


「映画のほうじゃないとしたら、限界って何の限界?」

「そ、それは……」

「ねえねぇ~」


 間違いない! 効いてるぞ、これ! もう一押し、もう一押しだけ……


「教えてってばぁ~」


 すーっと、彼の胸板に八の字をなぞり、自分の足を絡める。ど、どうかな? ちょっと恥ずかしいけど、これぐらいなら――


 ――ガバッ


 え? ……気がついた時には、自分の上で、四つん這いになっている燎がいた。息を荒げて、こちらを見据えている。それは、いつもの優しい目ではなく、確実に獲物を捕らえるという意思を持った目で――


 ――や、やりすぎちゃったみたい……






 ――――――――――――――――――――――

 ここまでご覧いただきありがとうございます!

 涼音ちゃん、変わっちまったな……

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