また今日も、君にプロポーズ。

やちつ

1回目 コーヒー

「今日こそ、美咲さんに私の想いを伝える…!」


 ——そう意気込んで駅を出た私の手には、小さな箱と冷や汗だけが残っていた。


 市川彩いちかわあや、一般系企業に勤める26歳。


 スマホにピコンと通知が来る。


『プロポーズ決行日!!』


 私は今日、付き合って3年の恋人、七倉美咲ななくらみさきさんにプロポーズをしようと思っている。


 彼女とは、この会社に入ってから出会い、仕事も人間性も完璧な彼女に一目惚れをし、熱烈なアプローチをして入社して3ヶ月で付き合った。


 美咲さんは、なんでもそつなくこなす、完璧人間。でも時々、抜けているところがあって、そこが何よりも大好き。


 ずっと一緒にいて、何度も喧嘩したけど、やっぱり美咲さんじゃなくちゃだめってなって、今に至るわけだ。


 指輪を用意し、レストランを予約した。


 オフィスに入る前に髪の毛を整えて、ネクタイを結び直して、大きく深呼吸をする。


 ドジだし、あがり症だし、緊張で噛みまくるし……。

 でも、伝えたい気持ちは誰にも負けない。今日は人生で1番幸せな日にするんだから。

 もう一度覚悟を決めて、オフィスに入る。


 するとすぐに、同期の乙宗優香おとむねゆうかに声をかけられる。


「彩おはよー!なんか今日、キラキラしてるねえ。まーた七倉さんに何かやらかすんでしょー?」

「優香おはよう。別に美咲さんは関係ないよ!!ていうかやらかさないし!普通の金曜日だし!」

「またまた〜、恋リア市川、今日も主演女優だねっ!」


 優香は、私と美咲さんの関係を恋愛リアリティーショーと言っていつもおもしろそうに見物している。

 なんでも、私の美咲さんへのアプローチがおもしろいんだとか。


「恋リア市川はやめてって言ってるでしょうが。ほら、さっさと席着いて。仕事するよ」


 はーい、という優香の声を聞きパソコンを立ち上げる。

 今日のタスクはなにか見ていると、後ろから部長に声をかけられる。


「今日、午後からミーティングを行うので第二会議室に13時に集まってください」

「わかりました。ありがとうございます」


 ミーティングが伸びたらレストランの予約、間に合わなくなっちゃうよ…。

 なんて考えながら仕事に取り掛かる。


 今日は、絶対に早く終わらせる。たくさん発言して会議を前に進めようと心に決めて、頬を両手で叩いた。


 ♢


 会議では少し無理してでも発言を重ねた。そのおかげか、いつもより少し早く終わり、美咲さんとレストランに向かう。


 今日も完璧に美しい…。


「彩ちゃん、わざわざ予約してくれたの?ありがとうね。ずっと行ってみたかったところなの」

「いえ!こんなの全然へっちゃらです!あ、道こっちですよ!」


 繋いだ手の温かさを噛み締めながら歩く。


 美咲さんと一緒にいたい。

 それを、ちゃんと言葉にしなきゃいけないんだ。今日、絶対に。


 逃げないで言うんだ、今日しかないんだから。


 頑張んなさい!市川彩!

 そう心の中で自分にガッツを送り、レストランへ入って行った。


 ♢


 運ばれてきたコース料理はどれもとても美味しくて、ペロリと平らげてしまった。

 食後のコーヒーが運ばれてきて、ゆっくりと時間が流れる。


 美咲さんは窓の外に広がる都会の夜景を見ていて、その横顔はとても可愛らしくて美しい。


 私は手の中にある小さな箱をギュッと握り締め、美咲さんに声をかける。


「———…あのっ!!!」


 緊張で声の調節がうまくできなくて、思ったより大きな声が出てしまう。

 少し驚いた美咲さんは、すぐに優しい笑みをこちらに向け、


「なあに?」


 と答えてくれる。


「私っ!美咲さんのこと、めちゃくちゃ好きで…本当に、大好きで!!!!ずっと一緒にいたいなって心の底から思っているんです!!!」


「うん」

 そう言ったあと、ほんの少し目を伏せて、笑う。

「ほんとは…私から言いたかったくらい」


「だから————」


 私は机の下にあった手を勢いよく出し、指輪を美咲さんに渡そうとする。


「私と結婚————」


 ガチャン!!!!!


 …————え?


「あぁぁぁっ!!?こ、コーヒーこぼしちゃった!?」


 勢いよく出した手がコーヒーカップに当たり、コーヒーがこぼれカップが割れてしまった。

 すぐにスタッフさんが来てくれて、対応してくれる。


 私は美咲さんにバレないよう指輪を鞄の中にしまい、スタッフさんに何度も頭を下げた。


「すみませんっ!!すみません!!!」

「いえいえ、大丈夫ですよ。お怪我はありませんか?」

「大丈夫です!本当にすみません…」


 やってしまった———。


 スタッフさんはこぼしてしまったコーヒーを片付けると、新しいコーヒーを持ってきてくれる。

 ごゆっくりお過ごしください、と言われたけどもうゆっくり過ごせそうにない。


「彩ちゃん、大丈夫?」

「はい…。すみません……」


 微妙な空気が生まれる。

 きっと勘のいい美咲さんは、さっき私が言おうとしていたことに気づいているのだろう。


「さっきの話の続き——は、どうする?」


 美咲さんにそう言われて、とっさに


「ごめんなさい、そんなに大したことじゃないので…ほんとに…また今度で…」


 と言ってしまった。

 こんな最悪の雰囲気で言っていいはずがない。

 私の、いや、美咲さんにも、一生に一度の思い出になるはずだから。


 一瞬だけ、美咲さんの表情が止まった気がした。

 でもすぐに笑顔に戻って、立ち上がる。


「お会計、しよっか」



 ♢


「うあぁぁあぁぁぁーーー!!」


 私は家に帰ってきた瞬間ベッドに倒れ込み、大声をあげて大号泣した。


「なんでこんな時にドジするんだよ〜!私のばか!!」


 近くにあったぬいぐるみを叩きつけるように投げる。


「もういいや、寝よ」


 明日は土曜日だし、朝起きてお風呂入ればいいや。

 やけになった私は、メイクも落とさず、服も着替えずに眠りにつく。


「今日がもう一度やり直せたらいいのに…」


 そんな子供じみた願いは、涙に紛れて静かに消えていった。


 ♢


 ———ピピピピ、ピピピピ。


 目覚まし…?仕事が休みの土曜日は鳴らないはず——。


 そう思い、目覚ましを止めてスマホのカレンダーを確認する。


 金曜日———?


 嘘、なんで?昨日は金曜日だったはず。今日も金曜日?


 あれ…これって、


「どういうこと———!?」

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