また今日も、君にプロポーズ。
やちつ
1回目 コーヒー
「今日こそ、美咲さんに私の想いを伝える…!」
——そう意気込んで駅を出た私の手には、小さな箱と冷や汗だけが残っていた。
スマホにピコンと通知が来る。
『プロポーズ決行日!!』
私は今日、付き合って3年の恋人、
彼女とは、この会社に入ってから出会い、仕事も人間性も完璧な彼女に一目惚れをし、熱烈なアプローチをして入社して3ヶ月で付き合った。
美咲さんは、なんでもそつなくこなす、完璧人間。でも時々、抜けているところがあって、そこが何よりも大好き。
ずっと一緒にいて、何度も喧嘩したけど、やっぱり美咲さんじゃなくちゃだめってなって、今に至るわけだ。
指輪を用意し、レストランを予約した。
オフィスに入る前に髪の毛を整えて、ネクタイを結び直して、大きく深呼吸をする。
ドジだし、あがり症だし、緊張で噛みまくるし……。
でも、伝えたい気持ちは誰にも負けない。今日は人生で1番幸せな日にするんだから。
もう一度覚悟を決めて、オフィスに入る。
するとすぐに、同期の
「彩おはよー!なんか今日、キラキラしてるねえ。まーた七倉さんに何かやらかすんでしょー?」
「優香おはよう。別に美咲さんは関係ないよ!!ていうかやらかさないし!普通の金曜日だし!」
「またまた〜、恋リア市川、今日も主演女優だねっ!」
優香は、私と美咲さんの関係を恋愛リアリティーショーと言っていつもおもしろそうに見物している。
なんでも、私の美咲さんへのアプローチがおもしろいんだとか。
「恋リア市川はやめてって言ってるでしょうが。ほら、さっさと席着いて。仕事するよ」
はーい、という優香の声を聞きパソコンを立ち上げる。
今日のタスクはなにか見ていると、後ろから部長に声をかけられる。
「今日、午後からミーティングを行うので第二会議室に13時に集まってください」
「わかりました。ありがとうございます」
ミーティングが伸びたらレストランの予約、間に合わなくなっちゃうよ…。
なんて考えながら仕事に取り掛かる。
今日は、絶対に早く終わらせる。たくさん発言して会議を前に進めようと心に決めて、頬を両手で叩いた。
♢
会議では少し無理してでも発言を重ねた。そのおかげか、いつもより少し早く終わり、美咲さんとレストランに向かう。
今日も完璧に美しい…。
「彩ちゃん、わざわざ予約してくれたの?ありがとうね。ずっと行ってみたかったところなの」
「いえ!こんなの全然へっちゃらです!あ、道こっちですよ!」
繋いだ手の温かさを噛み締めながら歩く。
美咲さんと一緒にいたい。
それを、ちゃんと言葉にしなきゃいけないんだ。今日、絶対に。
逃げないで言うんだ、今日しかないんだから。
頑張んなさい!市川彩!
そう心の中で自分にガッツを送り、レストランへ入って行った。
♢
運ばれてきたコース料理はどれもとても美味しくて、ペロリと平らげてしまった。
食後のコーヒーが運ばれてきて、ゆっくりと時間が流れる。
美咲さんは窓の外に広がる都会の夜景を見ていて、その横顔はとても可愛らしくて美しい。
私は手の中にある小さな箱をギュッと握り締め、美咲さんに声をかける。
「———…あのっ!!!」
緊張で声の調節がうまくできなくて、思ったより大きな声が出てしまう。
少し驚いた美咲さんは、すぐに優しい笑みをこちらに向け、
「なあに?」
と答えてくれる。
「私っ!美咲さんのこと、めちゃくちゃ好きで…本当に、大好きで!!!!ずっと一緒にいたいなって心の底から思っているんです!!!」
「うん」
そう言ったあと、ほんの少し目を伏せて、笑う。
「ほんとは…私から言いたかったくらい」
「だから————」
私は机の下にあった手を勢いよく出し、指輪を美咲さんに渡そうとする。
「私と結婚————」
ガチャン!!!!!
…————え?
「あぁぁぁっ!!?こ、コーヒーこぼしちゃった!?」
勢いよく出した手がコーヒーカップに当たり、コーヒーがこぼれカップが割れてしまった。
すぐにスタッフさんが来てくれて、対応してくれる。
私は美咲さんにバレないよう指輪を鞄の中にしまい、スタッフさんに何度も頭を下げた。
「すみませんっ!!すみません!!!」
「いえいえ、大丈夫ですよ。お怪我はありませんか?」
「大丈夫です!本当にすみません…」
やってしまった———。
スタッフさんはこぼしてしまったコーヒーを片付けると、新しいコーヒーを持ってきてくれる。
ごゆっくりお過ごしください、と言われたけどもうゆっくり過ごせそうにない。
「彩ちゃん、大丈夫?」
「はい…。すみません……」
微妙な空気が生まれる。
きっと勘のいい美咲さんは、さっき私が言おうとしていたことに気づいているのだろう。
「さっきの話の続き——は、どうする?」
美咲さんにそう言われて、とっさに
「ごめんなさい、そんなに大したことじゃないので…ほんとに…また今度で…」
と言ってしまった。
こんな最悪の雰囲気で言っていいはずがない。
私の、いや、美咲さんにも、一生に一度の思い出になるはずだから。
一瞬だけ、美咲さんの表情が止まった気がした。
でもすぐに笑顔に戻って、立ち上がる。
「お会計、しよっか」
♢
「うあぁぁあぁぁぁーーー!!」
私は家に帰ってきた瞬間ベッドに倒れ込み、大声をあげて大号泣した。
「なんでこんな時にドジするんだよ〜!私のばか!!」
近くにあったぬいぐるみを叩きつけるように投げる。
「もういいや、寝よ」
明日は土曜日だし、朝起きてお風呂入ればいいや。
やけになった私は、メイクも落とさず、服も着替えずに眠りにつく。
「今日がもう一度やり直せたらいいのに…」
そんな子供じみた願いは、涙に紛れて静かに消えていった。
♢
———ピピピピ、ピピピピ。
目覚まし…?仕事が休みの土曜日は鳴らないはず——。
そう思い、目覚ましを止めてスマホのカレンダーを確認する。
金曜日———?
嘘、なんで?昨日は金曜日だったはず。今日も金曜日?
あれ…これって、
「どういうこと———!?」
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