波打ち際のデメニギス
川詩夕
初夏のさざなみ
私、当時付き合っていた彼氏にフラれたんです、高校三年生の夏休みが始まる前に。
なんだか胸を内側をゴッソリと
それで、その、なんとなしに海を眺めにでも行こうと思ったんです。
海を眺めにと言っても、その海はお家からすぐ近くの場所にあるんですけどね。
私は当時、港町に住んでいたから海まで歩いても十五分も掛からない程度です。
さっきから何度も溜め息吐いちゃってごめんなさい。
私の何がダメだったんだろう?
約一年も付き合ってきた過去を色々と振り返っていると、何だか凄く疲れてきちゃって、だんだん何も考えれなくなって、ただただ海をぼうっと眺めていました。
それからしばらくして、夕日に照らさている砂浜を裸足で歩きました。
小さな波が水飛沫を上げながら、引いては寄せ、寄せては引き、何だか恋愛の駆け引きみたいじゃん、そう思いました。
海と白い砂浜も人間と同じ様に恋愛するんだ?
世界は広いから、そんな恋愛があったとしてもおかしくはないよね?
ねぇ、まだ引き返せるよ、恋愛なんてしてもろくな事がないんだからね?
ねぇ、悪い事は言わないからさ、止めときなよ?
ねぇ、まぁ、でも、海は果てしなく深い愛を持ち合わせてそうだから、白い砂浜がわがままを言っても全て受け止めてくれそうな気がするよね。
羨ましいなぁ……。
いつかは海と白い砂浜が交じり合って何かが産まれるのかな?
まぁ、何が産まれようとどうでも良いことなんだけどさ、だって私には何の関係もないし。
でもさ、全く興味が無いなんて事はないからさ、私がさ、海と白い砂浜の行く末をさ、最後までさ、見届けてあげるからさ。
そんな感じで意味の分からない妄想を何度も繰り返してました。
やだ、今思うと凄く恥ずかしい事ですよね、私、典型的な厨二病ですよね、当時は高校三年生だっていうのに。
あ、ごめんなさい、話がそれちゃって、ついうっかりしてました、話、戻しますね。
裸足で夕日が照らす白い砂浜を歩いていたんです。
そしたらふと目の前に、あるものが視界に入ってきたんです。
それは、本当に信じられないとは思うんですけど、デメニギスだったんです、はい、深海魚の。
デメニギスは深海の中をふわりふわりと遊泳する、なんだかこう、丸っぽい感じの、頭というか、おでこの辺りだけが半透明になってる、何とも不思議な姿形をした深海魚なんです。
そのデメニギスが白い砂浜の波打ち際に打ち上げられていたんです。
私は無類の深海魚好きだからその時は一目見て、あれ、デメニギスじゃん、そう思ったんです。
そうなんですよ、幼い頃から深海魚に関する図鑑を祖父にたくさん買ってもらってました。
波打ち際のデメニギスは横たわった状態で、おちょぼ口をしきりにチュッチュッと小さく動かしていて、何だか苦しそうに見えました。
どうしてデメニギスが波打ち際に打ち上げられてしまったのかは私には分かりません。
私はデメニギスを
でも、デメニギスは海を泳ぐそぶりを見せず、ただただ波の上へ上へと押し上げられて、波にされるがままの状態でした。
このデメニギスは弱っているんだと思い、どうしたら良いのか考えていると、白い砂浜にポリエチレンの赤いバケツが転がっているのが見えたんです。
きっとこの辺りに住んでいる子供が砂浜で遊んでいて、遊びに夢中になって疲れた後、バケツの存在を忘れたまま手ぶらで帰ってしまったんだろうなって思いました。
私はそのバケツを拾ってデメニギスの元へと歩み寄りました。
バケツに波打ち際の海水を汲み、デメニギスを両手で掬って、そのバケツの中へと移したんです。
デメニギスは然程表情を変えずバケツの中でたゆたっていました。
丁度おでこの箇所に見える透明なドーム状の膜の中にある眼球だけを、しきりにクルクルと回転させていました。
その眼球を見て愛くるしいという感情を抱きました、おそらく私の中にある母性本能なんだと思います。
私はバケツに入れたデメニギスを自分のお家へ連れて帰りました。
家に着いて門扉を潜ると、私の祖父が縁側に座ってお酒を飲んでいる姿が見えました。
庭に七輪が置いてあり、熱せられた網の上にはスルメが乗せられて炙られているようでした。
私はデメニギスの入ったバケツを持ったまま玄関を通り過ぎ、二階にある自分の部屋へと移動しました。
家族の誰もが、まさか自分の家に深海魚のデメニギスがいるだなんて一度も想像もした事はないと思います。
私は家族に状況を説明するのが面倒くさいと感じたので、誰にも一切話し掛けませんでした。
自分の部屋に入って机の上にバケツを置き、私はたゆたうデメニギスをじっと見つめていました。
バケツの中へ手を入れると、デメニギスは私の手のひらに
この
窓の外から誰かが咳き込む声が聞こえてきて、私は自分の部屋の窓を開けて庭を見下ろしました。
祖父が咳き込んでいたんです、その咳が止まらずにずっと続いていたから心配になって庭へと下りて行きました。
大丈夫? 祖父にそう声を掛けると、今日はあまり体調が優れないからお酒を飲むのを止めて自室へ戻ると言いました。
私が火は消して七輪を片付けておくからゆっくり休んでと伝え、祖父はお酒の瓶だけを手に持ち自室へと戻って行きました。
七輪の上でスルメが炙られたままの状態でした。
失恋して海辺で泣き腫らしてお腹が空いていた私は迷わずそれを手に取り口へと運びました。
縁側に醤油とマヨネーズと菜箸がおぼんの上に置かれていましたが、調味料を付けなくてもスルメは十分に美味しかったのを覚えています。
私は気が付くと祖父が炙っていたスルメを全部食べ切ってしまいました。
それでも食欲は収まらず、まだまだ食べ足りなかったんです、高校生は育ち盛りですからね、特に失恋したばかりの多感な女子にとっては。
私は自分の部屋に置いてきたデメニギスの事を思い出して二階へと戻りました。
机の上に置いたバケツの中を覗き込むと、デメニギスは私の存在に気付いた様子で大きな二つのつぶらな眼球をクルクルと動かしていました。
愛くるしい……食べちゃいたい……。
気が付くと私は庭に立ち七輪でデメニギスを炙っていました。
火に掛けられた網の上に横たわるデメニギスはビチッビチッと音を立て体を仰け反らせ熱せられた網の上から逃れようと必死に
デメニギス、大丈夫だよ、もう少しの間だけ笑っていてほしいな、私はデメニギスのママを演じる様に優しく語りかけてあげました。
網の上で炙られるデメニギスが激しくのたうち回り始めたので、祖父の菜箸を借りて身動きが取れない様に上から押さえ付けました。
菜箸と熱せられた網に挟まれ体を炙られるデメニギスの姿を見て、ついついお腹が鳴りました。
今は生焼け状態のデメニギスもしっかりと火が通れば、心の奥底から喜んでくれるに違いありません。
七輪の網の上で横たわるデメニギスが良い感じに焼け上がってきたので、醤油をチャッチャッと垂らしかけました。
デメニギスの焼き裂かれた身から溢れる旨味は網を伝い、七輪の底にある火を
ジュッジュッと醤油が焦げる音が聞こえ、香ばしい匂いが鼻腔を
上手に焼けたね、大好きだよ、私はそう言ってデメニギスのお腹を祖父の菜箸でつつきました。
ふっくらしたお腹の身は真っ白で驚くほど柔らかかったです。
焼けたデメニギスを七輪の網の上から直接つまんで食べる事にしました、だってお皿を使うと洗い物が増えちゃうし、焼き魚は冷めると味が落ちちゃいますからね。
デメニギスの焼けた身はプリップリで不思議な歯応えがありました。
そしてメインフィッシュ、ごめんなさい冗談です、メインディッシュに当たる頭というかおでこというか、半透明になっていた部分を菜箸で突き破り、焼けて乳白色となった大きな眼球をほじくってつまみ出し、ペロッとデメニギスの眼球を口の中へ運びました。
眼球を噛むととろみのある液体がニュピュルと口腔内で飛散しました。
舌触りも良く、ほんのりと甘みを感じて凄く美味しかったです。
もちろんデメニギスの身は残さず全部食べました。
骨は細かったのでしっかりと焼いてからマヨネーズをたっぷりとかけて、しゃぶり尽くして噛み砕いて食べました、本当に骨の髄まで美味しかったです。
私とデメニギスは身も心も重ね合わせ、一つになれた気がしました。
デメニギス、ありがとう、私は今もの凄く幸せだよ、そう呟いてから炭に点った火の処理をしてから七輪の片付けを始めました。
一式片付けが終わった後、私は胸の内側で淡い炎が点ったかの様に熱を感じました。
この感覚は一体なんだろう?
一年前に祖父から少しだけお酒を飲ませてもらった事があり、アルコールが喉を通り抜ける感覚に似ていました。
あ、一応まだ未成年なんですけど時効ですよね、もちろん今は全く飲んでいませんからね、あは、あはは。
それでなんですけどね、徐々に身体中が火照ってきちゃって、暑いから服を脱ごうと思ったんです。
自分の部屋がある二階へと移動して学校の制服を脱ぎました、それでも何故か身体の火照りは治まらないので、ブラジャーも脱ごうと思いブラのホックを外そうとしたんですけど、私は自分の胸の谷間にある異変に気付きました。
あっ、ちなみに余談ですけど、私の胸はGカップ寄りのFカップです、予め言っておきますけど全然自慢とかじゃないですからね?
それで……。
火照り熱を帯びた私の胸が……。
デメニギスの体と同じ様に半透明になっていたんです……。
その他の身体の部位に関して変化はありません……。
胸だけが透き通って見えていたんです……。
血管が丸見えになっている胸を通して身体の内部を覗き込むとその他の臓器が丸見えになっていました……。
はい……。
本当の話ですよ……。
嘘なんかじゃありません……。
そんなに見てみたいですか……。
そうですね……。
えっと……。
あなたも食べちゃって良いのなら……。
見せてあげてもいいですよ……。
透き通った私の胸……。
どういう意味ってそのまま言葉の通りなんですけど……。
嬉しいですありがとうございます……。
本当ですよ約束しましたからね……。
もう後戻りはできませんよ
いただきます……。
波打ち際のデメニギス 川詩夕 @kawashiyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます