第3話(前半)ワークスの陰謀! マグナクラフトの刺客
──空気がやけに軽い。
華やかな照明、壇上のBTメーター、ホログラムに映し出される勝者名。
でも俺の鼻は、ずっと『あの匂い』を探していた。油と火薬、血に近い鉄臭さ……戦場の残り香は、ここにはない。
「本日をもって、特例加算二万BTが認可されました!」
司会の合成音声がBTカードを掲げると、電光表示に賞金額が弾ける。観客席がどっと沸き立った。
BT──バトルトークン。減刑の切り札であり、装備代にもなる命の通貨。
ジェンへの換金もできるが、公定比率はいつも曖昧で、不定期に変動する。
実際に価値を決めるのは、アリーナ主催や裏ルートごとの“実勢レート”だ。
ステージ脇、整備服のまま立つラーラが肩をすくめる。
(バトルの汗も拭かずに、お立ち台ってわけね……)
表向きは華やかな式典。けれど、裏では別の戦場が動いていた。
リバーシティのアリーナ本部。立入禁止の会議フロアで、マグナクラフトの黒スーツどもが映像ログを睨んでいる。
「……NEXユニット、リンク率8%でこれか」
「ノバの異端技術が、ここまで実戦に適応してきたとは」
「例の開発筋……やはりジャイルで活動していたか」
重苦しい沈黙のあと、出た言葉はひとつ。
──排除しろ。
次戦の告知は唐突だった。
公開バディ戦。しかも企業推薦枠。
Lリーグにしては異常な豪華カードで、主催者名義には「新型技術試験・拡張データ収集枠」と添えられている。
要は見世物。しかもマグナクラフト社のデモンストレーション。
リングの機体登録欄には、すでに出場者名が並んでいた。
《フェンリルMk-E/タイタン-X》──マグナ製プロトタイプの最新L機。
片や重狙撃、片や強襲砲撃。BT配信チャネルには「ジャンクチームとの比較検証」と事前告知まで出ている。
ジャンク──それが俺たちの名前代わりか。
「へぇ、随分と光栄じゃない。比較対象としてお呼ばれなんて」
ラーラがホロ画面をタップし、オッズ予測を確認する。
「こっち倍率7.8倍、向こうは1.2倍。完全に“引き立て役”よ」
観客コメントには煽りと嘲笑が溢れていた。
『ジャンク狩りショーきた!』
『また掃除係出るの?』
『今回は一分もたないにベット』
笑える。前回あれだけ吠えてた連中が、勝ったあともまだ俺たちを“負け役”扱いか。
──だったら、次もぶっ壊してやる。
翌朝。
ラーラは俺を連れて、ジャイル北端の廃墟にある研究棟跡へ向かった。
鉄扉を叩くと、軋んだ音のあと現れたのは中年技術者だ。
「……やっぱり、お前か。ラーラ」
堀越 技一郎。頑固で実直、設計主任を務めていた男だ。
俺を一瞥して、にやりと笑った。
「こいつ……機械を壊すために生まれてきたな」
「は?」俺は眉をひそめる。
「悪い意味じゃない。昔、お前に試作機を貸したろ。限界までぶん回して、データを山ほど吐かせてくれた。あれがなきゃ改良点すら見えなかった。……壊し屋こそ開発者の相棒だ」
背後から、皮肉な声が飛んだ。
「壊すのは結構だが、俺らの仕事を増やすなよ」
現れたのはマーロン・ジョブズ。皮肉屋で鳴らした元研究員、今はスピンアウト
「ったく、俺の回生モジュールがなきゃバラバラになってたぞ。俺のモジュール最高やで」
「うるせぇ、俺の軽量外装がなきゃ速度は出ねぇ」
すぐに堀越が噛みつく。
「はいはい、また始まった」ラーラは苦笑した。
(こいつら、昔からこうだな)
だが二人は真顔に戻る。
「……正直に言う。ラーラ、お前がいなきゃ俺らは会社に残れてすらいなかった。だから今回も力を貸す」
「必要な部材はリストアップ済み。ドローン便で送る」
皮肉では覆えない誠実さが、二人の目に宿っていた。
案内された資材庫の扉を開けると──棚一面に試作パーツが並んでいた。
冷却液の匂いと金属光沢。ラーラが駆け寄り、指先で表面をなぞる。
「……これ、全部、私がリストに送ったやつ?」
「それ以上だな」堀越は笑う。
「戦闘ログを拾って補完した。お前らと戦ってた観客席の“目”が、ちゃっかりデータを回してきやがった」
その言葉に、ラーラの視線がわずかに揺れた。
「……ラーラ」堀越が低く言う。
「君の父さんは、決して君を見捨てたわけじゃあない」
「さあね?」ラーラは鼻で笑う。
「じゃあなんで私がここにいるわけ?」
それ以上は言わず、鞄を抱え直す。
横顔を見ながら、俺は意味も分からず胸の奥に影を感じていた。
ラック最上段には、新しい前腕アーマーが置かれていた。
「《ガードブロック・シールド》――左前腕ごと強化した。展開すれば緊急バリア兼シールド、押し込みにも使える。俺の軽量外装の集大成だ」
堀越の声には誇りがにじむ。
隣でマーロンが肩をすくめた。
「シールドだけじゃ宝の持ち腐れだろ。俺のサーボ群がなきゃ動かせやしない」
彼が示したのは銀色の関節ユニット。
「高効率回生制御。止まる時のエネルギーを回収して次の加速にぶち込む。燃費も倍以上になった」
俺は黙って棚の前に立つ。
壊された自機の残骸を思い出し、拳を握りしめた。
「……これ、全部、俺に合わせて?」
「ああ」堀越が真顔で答える。
「限界までぶっ壊す奴がいなきゃ、データなんて集まらねえ」
「厄介者こそ一番面白えんだよ」マーロンが苦笑で追い打ちする。
ラーラは振り返り、手をかざした。
「見て、バッキー。こいつら全部が、次の“お前の戦い”を待ってる」
部品の光は、積み重ねられた執念の輝きに見えた。
(お前のって……ラーラ、君も一緒だろ)
翌日、工房に無言のドローンが着陸した。
送り主は《N-IND/H.Bitman》。ラーラがジャイルへ落とされる直前に在籍していた部署のコードだ。
木箱を開けると、試験用の軽量サーボと新型複合装甲がひと揃い。
メモはない。ただ、パーツには細かいマーキング。
NEXモジュール対応、低燃費仕様、高出力急制動可。
「……最初から、あんたに合わせて作ってきたのね」
ラーラが呟く。
作業台には、分解された《ジャンク・ボーイ》。
5メートル級フレームを支えるロックアームが保持し、サポートアームが規定トルクで締結を進める。
けれどラーラは、組み上げられた部位を回り、指先でボルトの締まりや配線の焼けを確かめていた。
「機械に任せりゃ形にはなる。でもそれじゃ“限界”が見えないのよ」
そう言ってレンチを当て、音の違いを探る。
俺は黙って次に必要そうなツールを差し出した。
補助関節を二ミリ短縮。左腕装甲を三パーツに分割して展開速度を上げる。
胸郭部には増設コンバーターを接続、新型の燃料配管を溶接──すべてが「一撃、もしくは一防」に特化した設計へ変貌していく。
この機体はもう、“最初のジャンク”じゃない。
ノバ製の古いプロトを土台に、実戦で磨かれ、仲間の手で蘇らされた俺たちの意思そのものになりつつあった。
オイルが焼ける匂いが、鼻の奥を刺す。
新しいサーボブロックが通電し、補助冷却が始動した瞬間、ふわりと立ちのぼった金属臭。
脳裏に焼きついた別の光景が再生される。爆風。断末魔。赤い閃光。
──MAV部隊、あの作戦。全滅した日。
俺は作業ピットの縁に腰を下ろし、煙の漂う天井を見上げた。
ここはジャイル。隣にいるのはラーラ。
頭では理解しているのに、嗅覚が裏切る。この匂いは“あの時”のものだ。
ラーラの声が遠くで響いた。
「調整完了。最終確認に入るよ」
返事が遅れた俺を見て、彼女は小さく眉を寄せる。
「バッキー……顔、真っ青よ?」
「……大丈夫だ。ただ……匂いがな」
「匂い?」
「焦げたオイルと鉄粉と──死んだ奴らの声。よく似てる」
自分でも驚いた。こんなに素直に口にしたのは久しぶりだ。
ラーラは数秒だけ無言で俺を見つめ、それから頷いた。
「……なら、勝ちなさい。似てるだけなら、違う戦場だって証明するのよ」
その言葉で、少しだけ目が覚めた。
俺たちはもう、ただの整備士と囚人じゃない。
命令に従うんじゃなく、意思で戦う。バディだ。
開幕三秒。味方の防御が崩れた。
タイタン-X──高密度フレームの巨体が、トゲ付き鉄球を振り下ろす。
《バイオレンス・コメット》。
床を抉った球体は跳ね上がり、ワイヤー軌道でU字に戻ってくる。
避けても戻る。受け止めても潰される。
それでいて形式上は“近接武器”。ルール違反じゃない。
「ちょ、あれ本当にL級⁉」
ラーラの声が弾ける。
ドールの肩部で展開されたリアクティブシールドが閃光とともに炸裂した。
高出力打撃を相殺した反動で、プレートは吹き飛び、フレームが剥き出しになる。
その瞬間、斜め前方からフェンリルMk-Eが滑り込む。
タイタンの攻撃で崩れた陣形を突き、俺を狙ってきた。
細身の機体が、音もなく三節棍を展開する。
《リコシェ・ファング改》。
硬質金属の節が跳ね、鎖が軌道をねじ曲げる。
ブン、と風を切る音。
壁を跳ねた棍が俺の肩をかすめた。跳弾だ。狙って撃ち込んできた。
重い。防いだだけで肩ユニットが悲鳴を上げる。
しかもこれも“近接扱い”。中距離でも牽制できる凶器。
「バッキー! マグバッテリー仕込みよ! 衝撃に電撃付与されてる!」
俺は無言で頷く。……完全に殺す気だ。
“デモンストレーション”と銘打てば聞こえはいい。
だが実態は、合法を装った殺し合い。
最初からこっちは噛ませ犬にされていたってわけだ。
「……上等だ」
喉の奥で声を絞り出す。静かに燃えていた。
地獄なら、地獄らしく跳ね返してやる。
跳弾の衝撃が左肩を抜け、バランサーが軋む。
だがその振動よりも──脳裏に焼きついた感覚があった。
読める。
跳ね返った三節棍の軌道。鉄球の戻り方。
速すぎる反復でフェンリルにはブレが出ている。
タイタンの鉄球も、ワイヤー切り返しの一瞬だけ“自然落下”が混じる。
そのタイミングが、見える。
「ラーラ、ちょっと補正切っていいか」
「はぁ? 正気?」
「全部じゃない。メイン視点だけ寄越せ」
「……ったくもう。リンク視点共有レート20%。あんたが見えたもん、私にも送ってきなさいよね!」
世界が重くなる。AI補正が抜け、操縦系統の一部が俺の手元に落ちてくる。
だが同時に──噛み合った。
体が覚えている。死地で叩き込まれた“何か”が反応する。
感覚で未来の位置を読んでいる。
指先が震える。恐怖じゃない。
これは、“獲物を仕留める時の手応え”。
かつて試験中止になった旧式の神経連動インターフェース。
その断片が、この機体にまだ眠っているのかもしれない。
指揮権は本来、ラーラにある。
でも今だけは──この瞬間だけは俺が狙い、俺が撃つ。
フェンリルの三節棍が壁に跳ね、軌道を描いた。
俺は半歩ずらし、その先を潜り抜ける。
タイタンの鉄球が唸りを上げる。
奴らの攻撃がクロスする──その瞬間を狙った。
膝を沈め、斜め下から一気に駆け上がる。
「なっ──」
敵フレームがのけぞる。
ブーストを利用したスパイクキックが、タイタンの下部アーマーを叩いた。
致命傷じゃない。だが、これは反撃の意思だ。
観客席がざわつく。
『ジャンクが……今のを避けた!?』
『反撃したぞ! 損傷確認!』
沈黙が崩れ、会場が揺れる。
俺の心拍が異常に加速する。冷たい何かが脊髄を這い上がった。
視界が光の帯になり、脳が焼ける。
──オーバーフロー。
リンク暴走──ゼロ・ファイトが発動する。
身体はもう操縦席にない。
外装と指先が同期し、俺と機体がひとつに融け合っていく。
ラーラの声が震える。
「バッキー!? リンク率跳ねてる! これまずいって!」
体温が下がる。鼓動だけが遠くで響いた。
──ここは地獄だろ。なら、獣になるしかねぇだろ。
骨が軋む。いや、フレームがたわむ感覚だ。
フェンリルの突進。三節棍が地をえぐりながら迫る。
すべてが“見える”。
左肘の損傷部に反動を逃がし、肩軸で旋回。
飛び込むようにスライド。敵の脇腹が目前に現れる。
反射的に、握っていたジーク・アックスの柄尻を叩き込んだ。
鈍い衝撃音。フェンリルがのけぞる。
──この戦いはまだ、始まったばかりだ。
後半へつづく
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