第1話(後半)ジャンクドール、勝てなきゃ廃品回収!?

 この街は、かつてノバ・インダストリーの鉱山と研究施設で栄えた都市だった。

 だが企業撤退と同時に急速に衰退し、今ではさびれた倉庫群と廃坑ばかりが残る。

 表向きの産業は死んで久しいが、その裏ではアリーナと呼ばれる闘技場が炭坑跡を転用して運営され、観客と賭け屋でいまだ賑わっていた。

 そして街の外れ──錆びた鉄骨に囲まれた倉庫の一角に、ひっそりと工房を構えたのがラーラだった。

 元ノバ社員の彼女に、裏から部品や倉庫を回してくれる者は少なくない。

 この残影の街だからこそ、廃材からでもNEX機を組み上げられる環境があった。 


   ***


 鉄骨むき出しの観客スタンドが、怒号とブーイングで割れんばかりに揺れていた。

 照射ライトが砂混じりの空気を切り裂き、リング中央にボロ機体をさらす。

 ――《ジャンク・ドール/ボーイ》。

 俺とラーラが寄せ集めで動かしてる、世間的には“粗大ゴミ”扱いの機体だ。


 ホログラムにオッズが映し出され、真紅に点滅。

 倍率は敗北側十八倍。まともに勝てると信じてるやつなんて一人もいねぇ。

 数字が跳ねるたび観客は爆笑し、紙幣やBTチップを賭けに放り投げる。


「掃除屋がパイロット? おいおい、今夜は格安スクラップショーだぜ!」


 マイクを握った取り立て屋がわざとらしく煽ると、スタンドがさらに沸いた。

 金と酒と汗の匂いがごちゃ混ぜになり、リング下まで押し寄せてくる。


 コックピットの中で、ラーラは額の汗を整備服の袖でぬぐい、ため息をついた。

 焦げたコードの臭いがまだ残っている計器盤に手を滑り込ませ、古いスイッチを叩く。

 ブースターが唸り、錆びついたナンバーを砂煙が覆った。


「最初はアタシが行く。お手本見せてやる」


 そう言って、ラーラは軽く笑った。

 俺から見りゃ無茶そのものだが――あいつなりに考えがあるらしい。

 観客の目を釘付けにし、俺に決定打の角度を渡すために先手を取る。

 嫌な役を平然と引き受けるあたり、やっぱ根性ある女だ。


 カウントダウン。三、二、一――零。

 スラスターが火を噴き、ジャンク・ドールは十メートルを一気に詰める。

 砂地をえぐる衝撃がコクピットに響き、俺は思わず息をのんだ。


 ラーラの操縦は荒いが速い。

 レイブンエッジの刃が閃き、敵〈アイアン・ベア〉の胸板に叩き込まれた。

 しかし火花が散っただけで、装甲は抜けない。


(クソッ……一枚上手か!)


 ベアの巨体はわずかに角度を傾け、刃を“受け流す”体勢を取っていた。

 軍用規格の装甲は伊達じゃない。浅い傷だけ残して、切断軌道は作れずじまい。


 そこへ、横合いから閃光が襲いかかった。

 僚機〈スタッグ・パンサー〉――スタンナックルを構え、跳躍。

 青白い電撃を纏った拳が、ドールの脇腹をえぐるように突き刺さる。


 轟音。視界が白に染まる。

 システムボイスが甲高く悲鳴を上げ、耐久ゲージが一気に赤へ落ちる。


『ジャンク・ドール、残耐久30%――リンク切断警告!』


 アナウンスが数字を叫ぶたび、観客席は歓喜に揺れた。

 ブーイングは喝采に変わり、スタンドの床が軋む。


「ちっ……!」

 ラーラのうめきが通信に混じった。苦痛と苛立ちが声に乗る。

 俺の《ジャンク・ボーイ》はまだ無傷だが、重たい斧を持て余して立ち尽くすばかり。

 作戦は開始早々に瓦解――状況は最悪だ。


 だが、逃げる選択肢なんてない。

 リングを抜ける熱風が鼻を刺し、焼け鉄と血の匂いが混じった幻が頭に蘇る。

 ――あの戦場と同じだ。


 ドールの首ジョイントがギギ、と軋んだ音を立てる。

 スタッグ・パンサーの二撃目が残像を引いて落ちてくる。

 電撃の尾が白蛇みたいにうねり、リング全体を震わせた。


 ――時間が、止まったように感じた。


 目の前にあるのは、死の一撃。

 だが俺の視界は、妙に澄んでいた。

 ベアの巨体も、パンサーの拳も、スロー映像のように遅く見える。


 胸の奥がざわつく。いや、これは……前にもあった感覚だ。

 戦場で仲間が次々と吹き飛ぶ中、俺だけが一瞬、敵の動きを“先に”見ていた。

 あのときも生き延びたのは、ただ「見えてしまった」からだ。


(……今度もだ。隙間が見える)


 ベアーの首関節、わずかに開いた装甲の合わせ目。

 そこが唯一の裂け目――殺しのライン。

 脳の奥底に焼き付いている“殺しのイメージ”が赤熱した線となって浮かぶ。


 斧は重い。

 だが、この瞬間だけは“重さ”が俺を押し出す弾丸に変わる。


「まだ死んでねぇ……ッ!」


 俺は逆手に斧を握り直す。

 つま先で砂を蹴る。筋肉が軋み、世界が揺れる。

 次の瞬間、俺の機体は一歩を踏み出していた。


 視界の端で、戦場の亡霊がまたよみがえる。

 仲間のユニットが爆ぜ、血の匂いが無線に混じっていたあの頃。

 ――けど今回は違う。

 今の俺には武器がある。負ける理由なんてねぇ。


 スローモーションの世界で、俺は敵の懐へ滑り込む。

 ジーク・アックスの刃が、切り欠きに吸い込まれるように滑り込んだ。


 カンッ。

 軽い金属音。


 次の瞬間、〈アイアン・ベア〉の頭部センサーが空を舞っていた。

 火花を散らしながら、一回転、二回転、そして砂地に落下。


 アナウンスが一瞬声を失う。

 観客席の数千の目が、同じタイミングで見開かれた。


「……マジかよ」

「ベアの首を、落とした……?」


 静寂を破るようにざわめきが走る。

 すぐさま爆音に変わり、観客が立ち上がる。

 ブーイングは歓声へ反転し、賭け屋の悲鳴が混ざる。

 スタンド全体が地震みたいに揺れ、砂煙が震えた。


 コクピットの中、ラーラの声が震えを帯びる。

「嘘……今の、どうやったの……!?」


 スタンナックルの拘束が緩み、ドールは膝をつきながらも体勢を立て直す。

 同時に、俺とラーラの心拍がリンクするみたいに重なった。


 HUDの隅に文字が走る。

 〈NEX LINK:23%〉


 点滅する数字。

 微弱だけど確かに“繋がり”が上がっていた。


(……来てる。まだ先がある)


「リンク、三カウントだけ深く。ワン、ツー……」

「スリー。受けた」


 ラーラの声が落ち着き、同期のリズムが体に染み込んでくる。

 HUDの端で〈NEX LINK:23%→27%〉と数字が跳ね上がり、波形が揃っていく。

 呼吸の長さまで一致するのが分かる。


 俺はジーク・アックスを軽く振り、関節の遊びを詰めた。

 視界の右隅では〈E・ヒューエル:警戒域〉が黄色に点滅。

 燃料なんてもうギリギリだ。けど、それでも――いける。


「次は連打で来る。私が砂を立てるから、角度拾って」

「了解。半歩で合わせる」


 次の瞬間、青白い閃光が砂幕を裂いて突っ込んでくる。

 スタッグ・パンサーだ。スタンナックルが脈打ち、砂鉄を帯電させながら弧を描いた。


「来る!」

 ラーラの声と同時に、ドールが片膝のまま逆噴射。

 砂を巻き上げ、電撃をわずかに滑らせる。


 だが、パンサーは止まらない。

 砂幕ごと切り裂き、一直線に俺へ――。


 青い火花が雨のように散り、連打、連打、連打。

 リング全体が心臓みたいに脈打ち、スタンドが揺れる。


(やべぇ、これ人間の反応速度じゃねぇぞ……!)


 それでも、退けない。

 俺は斧の柄で拳を払い、肩からぶつかって距離を削る。

 重さと速さが同時に襲いかかってきて、骨が軋む。

 HUDの警告が赤に染まる。


「右寄せ!」

 短い指示。ラーラだ。


 その声に従い、ドールが砂地をえぐって半身で背後へ滑り込む。

 レイブンエッジがパンサーの肩甲サーボをかすめ、火花が弾け飛ぶ。

 浅い。切れていない。


 パンサーは体勢を崩しかけながらも、逆手のスタンを放つ。

 電撃の蛇がドールの脇を走り抜け、警告音が耳をつんざいた。

 〈E・ヒューエル:63%〉


「持つか?」

「持たせる!」


 ラーラの声が震えながらも強気だ。

 機体を半回転させ、懐へ踏み込んで手甲で電撃を弾く。

 青白い光が砂を舐め、リングの鉄骨が地鳴りみたいにうなった。


 観客の罵声と歓声が渦を巻く。

 パンサーは距離を取らず、密着したまま電撃の連打で押すつもりらしい。

 確かに正攻法だ。だが――正直すぎる。


「ラーラ、半歩下げろ」

「了解、半歩」


 砂がえぐれ、パンサーの首ラインが俺の視界に戻ってくる。

 その瞬間、脳の奥でまた“カチリ”と何かが噛み合った。

 HUDの数字が跳ねた。


 〈NEX LINK:35%〉


(見える……!)




 パンサーの拳が落ちる角度、踏み換える足の向き。

 そこから生まれる負荷の逃げ道まで、砂の揺らぎで読めた。


「左肩、切れる!」

 ラーラの叫びに合わせ、ドールがスラスターを逆噴射。

 巻き上げられた砂塵が、攻撃の軌道をかすかに揺らす。


 レイブンエッジが閃光を描き、パンサーの肩ローラーを裂いた。

 霧のようにスラストオイルが噴き出し、巨体の重心が浮く。


(今だ!)


 俺はつま先で砂をえぐり、カカトで円を描くように腰を回す。

 ジーク・アックスの刃は振り下ろさない。

 “置く”。ただそれだけだ。


 パンサーも馬鹿じゃない。

 慌てて首を沈め、刃を肩で受ける。

 鈍い手応え。喉輪はまだ割れない。


「まだだ」


 俺は柄を押し込み、肘だけで角度をひと刻み寝かせた。

 肩から頸へ――一番薄い装甲をなぞるように滑らせる。

 砂の上に赤い線が浮かぶ。錯覚か、それとも現実か。


 パンサーが電撃をため始める。

 スタンの光が収束し、次で俺の神経リンクを焼き切る気だ。

 観客が一斉に悲鳴と歓声を上げ、鉄骨スタンドが揺れる。


「ラーラ、影をくれ!」

「入れる――三、二、一……今!」


 ドールが機体を滑り込ませ、照明角を切り替える。

 砂煙に影が重なり、パンサーの視界に黒帯が走った。


 俺はその黒帯に刃を重ねた。

 力じゃない。スピードでもない。

 重さと呼吸だけを合わせ――「置く」。


 ゴリッ、と骨を裂くような感触。

 喉輪に刃が噛んだ。


 パンサーは最後の抵抗のように電撃を放つ。

 青白い光が胸板を舐め、HUDに白ノイズが走る。

 膝が折れかける。


「立て!」


 俺は肩と腰をわざと時間差で回した。

 刃角がもう一刻み沈む。


 カンッ。軽い金属音――ロックピンが外れた。

 柄を押しから引きに切り替え、遠心力に預ける。


 ジーク・アックスが喉輪を裂き、視界が一気に軽くなった。

 頭部ユニットが宙を舞い、砂の上に三度弾んで火花を散らす。




 落下した頭部ユニットが砂の上で火花を散らし、観客席の悲鳴と歓声が渦を巻いた。

 スタンドの鉄骨がうなり、数千人の喉が一斉に吠える。


「……終わりだ」

「合わせたな」

「ああ」


 俺とラーラの短い言葉が、ノイズ混じりの通信に重なる。

 HUDの隅で〈NEX LINK: 35%〉が点滅し、脈が同じリズムを刻んでいた。


 パンサーの胴体が膝から崩れ落ち、砂煙がアリーナを覆う。

 ホロスクリーンは赤い警告から一転、勝者表示に切り替わった。

 倍率のグラフが狂ったように乱高下し、取り立て屋の顔が紙みたいに白くなる。


 観客席の歓声が胸腔を叩く。

 俺はジーク・アックスを肩に担ぎ、スタンドへ顔を向けた。

 何千という目が俺を見ている。

 油混じりの汗が頬を伝い、熱砂に落ちた。


「ん……練習相手にはなったな」

「やっぱり掃除屋より、ポンコツ乗ってた方が性に合ってるだろw」

「……まあ、動いたし。壊れてねぇなら上等だな」


 独り言が全周波数で拾われ、スピーカーからアリーナ全体に響き渡る。

 次の瞬間、割れるような熱狂が爆発した。


 頭部ユニットが二つ、砂の上で静かに火花を散らす。

 リング外周ライトが勝者を照らし、AIの無機質な声が宣告する。


『バウト終了――《ジャンク・ドール/ジャンク・ボーイ》、二機撃破によるKO勝利』


 スタンドが一瞬凍りつき、すぐに狂乱の渦に飲まれる。

 電子掲示は真っ赤な『PAYOUT ERROR』に変わり、賭博屋の紙幣が嵐のように舞った。


 裏通路。

 親分面した賭場主に端末を突きつける。


「支払いだ。条件通り、借金はチャラ。BTは全額、試合直後に振り込みのはずだ」


 ラーラがパッドをスワイプする。

 清算プロトコルが起動し、BT 48,000の入金確認が青く点灯した。


「……確認取れた。工房の権利書も返してもらう」


 親分は歯ぎしりしながら端末を返還する。

 だが、最後に吐き捨てた。


「……ブラッド・グリズリーを呼べ」


 取り巻きが顔をひきつらせる。

 『規格外機体』。

 検査なんざ札束で黙らせりゃ通る

 ――そういうのが連中のやり口だ。


 濁った笑い声が、血の匂いと共に廊下へ染みていく。


   ――つづく





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