第2話 崩れ落ちた理想郷


アルヴィスとルシエルが辿り着いたのは、イレルナのはずれ。

かつて理想郷と謳われたその地は、今や花は枯れ落ち、石畳の隙間を黒い苔がじわりと侵している。

空気は重く、冷たい吐息のように肌を撫でた。


アルヴィス「……ここだな。気配がする」

ルシエルがいたずらっ子のようにニヤけながら顔を覗きこむ。

尻尾はゆらゆらと揺れていた。

ルシエル「どーせまた、“感じる”とか“読める”とか言って適当に――……」


 小枝が足元で折れる音が、やけに大きく響いた。

その直後、頬に触れたのは――まるで誰かの息のような、生ぬるい風。


ルシエルの目が細まる。

「……ほんとだ」

軽口が嘘のように、彼の表情は引き締まった。


アルヴィス「気配の密度が……普通じゃない。暴走してるのは確かだ。……もう間に合わないかもな」


彼は銃を握り、冷たさが神経を鎮める。意識が研ぎ澄まされ、胸を撫で下ろした。


ルシエル「……まだだよ。僕は間に合わせる」

震える手をギュッと握り、必死に取り繕う。


その時、廃墟の奥、砕けたアーチの先から軋む足音が響いた。


ギシィィ。地面が叫びだす。


壁の影から、何かがゆっくり現れた。


アルヴィス「……っ、血の匂い……」

鼻腔を刺す生臭さが冷えた空気にじわりと広がる。


ルシエルは沈黙を飲み込み、耳鳴りのような静けさが二人を包んだ。


ガタガタッ――


アルヴィスは玄関を真っ直ぐ見つめた。

廃墟の扉が軋みをあげ、開く。


蜘蛛の糸が絡む闇の中から、何かが現れる。

影がルシエルを包み込んだ。


ゼェ ハァ――呼吸音。

ルシエルは思わず後ずさる。

アルヴィスが一歩前に出た。



アルヴィス「……かなり変異しているな。始末する」

その声には冷徹さが滲んでいる。だが、夢主の目の儚い光が彼の瞳に差し込むと、揺らぎが走った。

──間に合うかもしれない

[感情は時に暴走し、傷つけるものだ。だから信じるな。]そう言い聞かせた。

彼は深呼吸をし不安を吐き出す。



──風が止まる。


「ガチャリッ」


引き金を握る音が、世界に反響する。

灰色に沈む世界の中で、アルヴィスの声だけが響く。

アルヴィス「アポカリプス・バレット(終末の弾丸)……」

声とともに、ルシエルの頭にあの夢主の傷が浮かぶ。

ルシエル「やめろ!アルヴィス!」


機械のように無機質なその声。

銃口からの光で世界が真っ白に覆われる。

目を焼くその光と同時に、風が爆ぜてルシエルの体を押し出した。

ルシエルは叫ぶように唱える。

ルシエル「ネビュリス・エンブレイス!……!?」


──だが、何も起きない。


ルシエル「……え?」


一瞬、世界が止まった。

心臓が――一度、二度、重く脈打つ。

空気は凍りついたように冷たく、肌に触れた感覚すら消えていく。

足元に魔法陣は現れなかった。

自分の唾を飲み込む音だけが広がる。


ルシエル「あの紫の光が……ない……!? ネビュリスが、反応してない……!?」

ルシエルの中で嫌な想像をし、目が熱くなる。


ルシエル「……遅かったのか!!?」

風がルシエルの身体を抑え込む。

それでも――足は前へ出た。


ルシエル「まだ終わらせない。絶対に──終わらせない!」


──銃を奪う。それだけだ。


ただ一歩の距離が、それだけで途方もなく長く感じた。

そのとき──

アルヴィス「これで、おしまいだ。お嬢さん……」

ルシエル「!!」


ルシエルは手を伸ばした。

だが、震える指先が、無力に、宙を掻いただけだった。


バキュンッッ――!!!


焼けた鉄の匂いが鼻を突いた。

弾が夢主の方へ真っ直ぐ進む。


ルシエル(心の中)

「あのくらい、速かったら、救えたのかな......」


胸に弾が当たると、夢主は水滴のように吸収した。

──静止する。

無音の静けさにより、更にルシエルの不安を募らる。

身体中の巡る、血の音が聞こえた気がした。

胸から、弾がゆっくりと顔を出す。


──その直後


カキィィィィン!!!!


アルヴィス「っっ!?」


──弾かれた。


遅れて、右腕には骨の奥から冷たい鈍痛が走り、ズキンと刺すように響いた。

アルヴィス「効かない……? “終末”すら、届かない……だと……?」

目の前が少し霞んだ。

あの時のような無力感に苛まれた。

ルシエル「......!やった!」

ルシエルは拳を強く握り締め、安堵した。


夢主「──なんで撃ったの……?邪魔だから?」


アルヴィスに瞳には夢主の姿収まりきらなかった。


夢主「 ……違う、違う……そんなの違う!」


夢主がアルヴィスに巨大な拳で殴ろうとした瞬間....

彼女?は拳で耳を塞いだ


夢主「っ!?」


夢主は目を丸め、体が小刻みに震えた。

巨大な体が自然と小さく見えた。


夢主「僕は失敗作なんかじゃない‼️」

夢主「お母さん........やめてよ。」


か細い声。まるで、誰かに届かないように。

夢主は膝をついた。


ルシエル「..........失敗作?」

ルシエルが首を傾げる。

アルヴィス「.........はぁ」

アルヴィスの深いため息で、場を凍らせた。

アルヴィス「きっと悪夢に唸られてるんだ...俺が断ち切るのが合理的だ...」

彼が夢主に襲いかかろうとする。


ルシエル「──待て」


その声は淀んだ空気を切り裂くような声だった。

声には失望が混じっていた。


ルシエル「ネビュリス・エンブレイス」

──バチンッ!



紫の稲妻が地を走り、禍々しい魔法陣が浮かび上がる。

幾何学模様が鋭く輝き、黒い手が地面から這い出した。

その手はアルヴィスの体を締め付けた。


ルシエル「ネビュリス・エンブレイス──やっと、出せた……!」


募っていたものが溢れ出し、涙が滲む。



──間に合った。

その確かな感触が、彼を支えていた。

ルシエルがアルヴィスの後ろから歩いてくる。

コツッ コツッ


ルシエル「あんたのために、この魔法──ずっと練習してたんだよ?」

言葉の裏側に、火の気配が宿っていた。

ルシエル「だから……ゆっくり、味わって?」

子猫が威嚇したような、そんな声だった。


コツッ コツッ


……夢主の声は、もう聞こえなかった。

沈黙が、場を支配していた。


アルヴィスはルシエルが横を通り過ぎるのを、じっと横目で見ていた。

その瞳は、火のように揺れていた。


アルヴィス「無茶だ.......!反撃する力がないだろう......!?」

過去に囚われないルシエルが、頼もしくも、無謀にも見える。

歯を噛みしめ、自分の弱さに蓋をする。

その背中には、どこか――身に覚えがあった。

あの時、助けてくれた背中だった。

(……だからこそ、腹が立つ。あいつが、俺と同じように……壊れなきゃいいが)

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