第29話 母の始まり

 ロジャスタの街に到着した一行。

 出迎えに来てくれたのは、ファラだった。

 どんな時でも真顔な彼女から、少しだけホッとした声が聞こえる。


 「リューダ様」 

 「ファラさん!?」

 「はい・・・・お待ちしておりました。ご無事で何より」

 「どうしてファラさんが?」

 「それは・・・」

 

 ファラは、命令を受けた後にすぐにリゴンへ移動した。

 ロンドへの伝令係である。


 『主。最終作戦発動により、リゴンに託す』


 この一文のみの伝令だが、これだけで十分に伝わる。


 最終作戦を彼女が選択したという事は、自分が死んでリゴンに娘を託すという事。

 ルドミラが、王となるつもりじゃなくても、匿う意味でも託すのだ。

 だから、ロンドは一気に小部隊で駆けあがって、戦争してでもルドミラを救い出そうと動き出していた。

 ロンドはその途中の都市アルジャスタで、ニノと会っていたから、彼らはトロンコを目指したのだ。


 「リューダ様。それでは、リゴンへ向かいましょう」

 「ファラさん・・・お母様が・・・」

 「ええ。わかっております。私も悲しいです。ですが、エルヴィラ様は、あなたに全てを捧げておりましたので、私は覚悟していました。あなたはあの方の思いを受け止めねばなりません」

 「・・・私が」

 「そうです。あなた様は、とても愛されていたのです。エルヴィラ様はあなた様を愛しているような素振りを見せていませんでしたが、とても愛していたのですよ」

 「そうなんですね」

 「ええ。ですから見ましょう。ニノとクラウス殿がいれば、あなたは母の思いを知ることが出来る」

 「わかりました。先へ行きましょう」


 この後、ミャオロ山脈のリゴンへと寄り道をせずに直接向かった。


 ◇


 山の麓の大都市リゴン。

 ここは、ミャオロ山脈と呼ばれる巨大山脈の入り口にある都市で、北にある山脈を超えると、隣国シャオ王国が存在する。

 国境が山となり、山の所有がこちら側になっているので、国境が隣接しているのに比較的安全な都市だ。


 「お待ちしておりました。ルドミラ様」

 

 小さな少年が迎えてくれた。

 

 「あ、あなたがニノさん?」

 「はい。ルドミラ様。ニノでございます」

 「ずっと私を助けてくれていたらしいのですが、何も知らずにごめんなさい」

 「いいえ。私たちはあなた様の為に生きているので、お礼や謝罪などは要りません」

 「で、でも・・・」

 「それよりも、こちらに。私が持っていた箱をお部屋に用意したので、あなた様に預けたいのです」

 「箱ですか。わかりました」


 リゴンの城の秘密の部屋に向かう道中。


 「ニノ。お前、よくこっちまで道を敷いていたな」

 「その作戦はおいらじゃない。デジャンだ」 

 「やっぱそれもデジャンか」 

 「ああ。デジャンが、おいらに準備しろってさ。トロンコ。ロジャスタ。アルジャスタ。リゴン。ここを結んでおけってさ。だから、特別機動車をすぐに使えるようにしておいた」

 「さすがだな。お前もデジャンも」

  

 クラウスが楽しそうに話している姿を見て、仲が良いんだなとルドミラは横目で見ていた。

 ニノが部屋の前で止まると、クラウスがルドミラに話す。


 「お嬢様。ここからは、俺たちもそばにいます。なので、あなたが読む間。俺たちも部屋の外にいますから。それと暗号は、41294です」

 「暗号?」

 「はい。鍵で開けて、更に中に暗号のダイヤルロックがあります」

 「わかりました。いってみます」


 部屋を開けて、ルドミラは箱を見つけた。

 テーブルの上にある箱は、真ん中に鍵があって、そこを開錠しても、更にロックが掛かっていた。

 箱の中に箱があり、そこのロック部分を41294に設定。

 するとロックが外れて、開錠となる。

 

 箱の箱の奥に、ノートがあった。

 

 「これが、お母様の・・・読みます」


 ルドミラは母の思いを読んだ。


 ――――


 シクロン王国の敵エルヴィラ・アルラントは、好きでこの国に来たわけじゃない。

 元は、ただのお転婆な女の子だった。

 なにも苦労もせずに、ブイエラ王国で幸せに暮らす少女だった。

 父。母。兄。弟。

 家族構成も、王家という点を除けば普通だった。


 私には、恋人がいた。

 幼馴染で大切な人だったリッド・ラーゲン。

 この人と生涯を共にすると、小さなころから一緒に誓い合っていた。

 でもあの戦争のせいで、私と彼は引き裂かれた。


 行きたくもない敵地へといかねばならないほどに、この国は大敗北を喫したらしい。

 三か国が連合して戦ったくせに、一か国に敗れるなんて、ありえない。

 馬鹿が指揮したんじゃないのと、私は思っていた。


 それで嫌々であっても、私は自国の為に、敵の王に嫁ぐことになった。

 鮮烈王エクセルス。

 どんな酷い男なんだろうとこの時は思った。

 でも実際にあって見ると、何でもない普通の人。

 特別に怖いわけでもない。

 でも好いているかと言われたら、無理がある。

 だって、心にはリッドがいたから。

 嫌いではないけど、好きになれなかっただけだった。

 

 だから子供が出来ても、その子を可愛がれないんじゃないかって、不安だった。

 自分がそんな感情になるかもしれないのが恐ろしかった。

 非道な母になるんじゃないかって。

 恨みをその子にぶつけるんじゃないかって。


 そして、そんな不安を抱えていた411年に妊娠が分かると、私の心は意外にも安定していった。

 子を愛せるのかもとなっていたとある日。


 この国は非道な決断をした。

 それもその判断の元になったのは、王じゃない貴族たちが考えた作戦だった。

 それは、あの当時の戦いの全てを、ブイエラ王国に押し付けたのだ。 

 戦争責任の問題が起きた。

 シクロン王国は、ブイエラに戦争首謀者を突き出せねば再戦であると言ったのだ。


 そんなの今のブイエラでは無理だ。

 後ろの二か国の援助も断たれた今。

 戦争なんて無理。

 ありえない。

 しかし、かといってここで断固として拒否する事も出来ないので。

 私の母国は、ラーゲンの家を突き出したのだ。

 大将軍の家系で、常に立派な将を輩出してきた名家。


 それの一族郎党全てをこちらの国に送って来た。

 そして、彼らが送って来たのはまだある。

 それはラーゲンの一万の兵士と、それらの家族だ。

 奴隷でも何でも好きにしていいからと、人質を送ったのだ。


 許せなかった。

 条件を突き出したシクロン王国も、その条件を上乗せて、人質を送った母国も。

 私も何もかもを許せなかった。


 だけど、その感情だけに支配されて、何もせずにいても、事態は悪化するだけだから、私は王に頼んで、彼らと地下牢で面会させてもらった。

 最後にリッドに会えたのだけは嬉しかった。


 「リッド」

 「エル」

 「ど、どうして、こんな事に」

 「エル。聞いてくれ。一般人の方に紛れ込ませた俺の子を頼みたい」 

 「え。あなたの子」

 「すまない。独り身で生きていこうと思ったんだが、一人子供が生まれたんだ。俺の子だ。ファラというチャルロックの女の子が、俺の子を兄弟として持っている事になっている」

 「チャルロックの子?」

 「ああ。浅黒い肌の女の子だ・・・頼む。君に頼むのはおかしい事は分かってる。でも俺と一緒にいれば、あの子は死ぬ」 

 「・・・ラーゲンだからですね」

 「そうだ。戦争責任がついて回る」

 「父上のせいですか?」

 「・・・・そうだね。君の父と兄の判断だよ」

 「ゆ、許せません」

 「いいんだ。君が気に病む事じゃない。王国を守るためだと思って甘んじて受け入れるよ。あの時の君と同じだ」

 「・・・しかし、あなたまで」

 「いいんだよ。君と一緒になれなかった時に死ねばよかったんだしね・・・でも、あの子だけはお願いするよ。自分が死んでもあの子だけは」

 「・・・わかりました。おまかせください」


 自分が死んでも、我が子だけは守りたい。

 そう思える親に私はなれるのだろうか。

 彼を見て、そう思ってしまった。

 


 ―――――


 「ラーゲン・・・それって、クラウスが最後に名乗った名前だ」


 クラウス・ラーゲン。

 16歳。411年生まれ。

 ルドミラ・ディアーブ。

 15歳。412年生まれ。


 「記録はあってるよね。これってさ。つまり、リッドって人の子が、クラウス?」

 

 リッド・ラーゲンは、母の記録の中だと恋人同士である。


 「じゃあ、好きだった人の子供を、お母様は育てたの? それにファラさんの名前も出てた。チャルロック出身? あの西の国の???」


 エルロス大陸の西の国チャルロック王国。

 比較的温度が安定している国で、国民の半分以上の肌が褐色気味である。

 陽気で、元気な人が多い。

 

 「でも、ファラさんは・・・・そんな感じじゃないよね」


 いつも真顔。いつも淡々としていて、いつだって正論で攻める。

 

 「・・・続きにいこう。まだまだあるし・・・」


 現在のイメージと、母の記録の中の彼らが結び付かないルドミラだった。


 


 

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