第2話 鉄仮面
王女ルドミラの誕生会は、静かで質素だった。並べられた料理も、王宮料理などではなく、ブイエラ王国の家庭料理。エルヴィラの母方の故郷の海鮮料理がメインだった。
だから、これらを用意したのが、エルヴィラであることが分かる。
彼女の中身を見ない人間たちは、彼女の容姿だけで、華やかで金遣いが荒い人物だと決めつけていて、彼女自身を見ていなかった。
エルヴィラは、質素で倹約家なのだ。離宮内に装飾品を必要以上には置かない。本人も煌びやかな宝石を身に着けない。彼女は美を意識せず、一般人と同じ感覚を持った生活をする人だった。
しかし、周りの人間たち。特に、王周辺の女性たちにとって、彼女のその堂々たる振る舞いこそが、傲慢であると嫌がっていた。
まるで自分たちへの当てつけかの様に見えてしまい、穿った見方をしていたのだ。
彼女は、王宮内の女性らにとって疎ましい存在だった。
王の唯一の子の誕生会を祝いに、王妃が挨拶に来た。二人の前に立つ。
「エルヴィラさん。おめでとう」
歳の離れた若い王妃にも、格はそちらが上であるからエルヴィラが深く頭を下げる。
「ありがとうございます。王妃様」
王妃は先に礼儀としてエルヴィラに挨拶をした。
「あなたは相変わらず、嬉しそうにしませんね。我が子の誕生日ですよ」
王妃は続けて、『ちっ』と舌打ちをしたくなった。
それは、自分を前にしても、その鉄の仮面が剥がれない。
変わらない態度にその表情が許せなかった。
しかし、ここでのエルヴィラ側の考えも一理ある。
自分が笑顔であっても、怒っていても、真顔でもあってもだ。
結局のところ、自分という存在を、王妃は許さないだろう。
王の寵愛を受けているのは、圧倒的に自分である。
40を超えた今でも、20代の王妃より愛を受けている現状は、王妃には耐えがたいものであるだろう。
だから、エルヴィラは常に態度を変えずにいる。
「いえ。嬉しいです」
という顔をしていない。まったくの無表情で返答した。
なのでこちらを無視して、王妃はルドミラに挨拶をする。
「ルドミラ。おめでとう」
「はい。王妃様。ありがとうございます」
娘の方には笑顔がある。
しかし、これが愛嬌のある笑顔じゃなく、微笑みに美しさが混じっているので、結局は王妃の不評を買う。やはり王宮内の女性にとって、この親子の存在が煩わしい。自分たちとは隔絶された美しさに加えて、全てにおいて余裕が混じっているので、癪に障るのだ。
ここでも、王妃は舌打ちを我慢していた。心の内を表に出せば格が落ちる。ウルナは、思いの全てを表に出さずにいた。
ルドミラのこの態度に不備などない。むしろ、側室であるエルヴィラの方が無礼だった。
エルヴィラは、娘の肘に、自分の肘を当てた。そして一瞬だけ目をやって『その笑顔をやめなさい』っと言いたげな顔をした。
肘を当てられたルドミラは、母がしてきた事が、何の意味を持っているのかを察せず、首を傾げるだけで終わる。
ここから差し障りのない会話が起こっては消えて、王妃自体も別な場所へと消えていった。
◇
一難が去った後。
「リューダ」
「はい。お母様」
「笑顔をやめなさい」
「え?」
「いいですか。無表情でいなさい」
「・・・」
「返事は?」
「・・・は、はい」
命令した時の声に、少しだけ怒りが混じっている。
母の態度の微妙な変化に気付いたルドミラは、慌てて返事をした。
(なぜ? 私の誕生日なのに・・・どうして喜んじゃいけないの。お母様・・・)
母は、自分を愛してくれていないんじゃないか。
まだ王妃様の方が、自分を娘として見てくれている。
そんな風に、ルドミラは考えていた。
◇
その後。ルドミラの友人リナ・ウェイストがやってきた。
大貴族のウェイスト家のご令嬢で、幼い頃は親交がなかったが、ここ最近ではよくお茶をする仲だった。
満面の笑みで、彼女の誕生日を祝うリナは、ルドミラの元に来るとすぐにエルヴィラの方に挨拶をする。さすがに王の側室を無視するのはよくないからだ。
「エルヴィラ様。おめでとうございます」
「ええ」
娘の友達が挨拶をしても、愛想の一つも振りまかない。
全く変わらない態度の母が嫌だと思ったルドミラは、次の言葉は自分のものにしたいと思い、母の返事に被せて話し出した。
「リナさん。来てくれたんですね」
「はい。もちろんです。お友達のお誕生会ですもの。来るのは当然ですよ」
「ありがと・・・う」
感謝を述べようとしただけなのに、ルドミラは寒気がした。
隣から発せられる無言の圧力が強まっていく。
「・・・・」
母の視線が痛い。真っ赤な瞳が更に燃えているようだ。焚火くらいだったら、ここまで怯えない。その火は、お城すらも燃やしそうだった。
「リナさん。ありがとうございます」
ルドミラは勇気をふり絞って続きの挨拶をした。
「ええ。喜ばしい日で、おめでとうございますね。またお会いしましょうね」
「はい」
当たり障りのない挨拶をしたつもりだった。でも母の視線の鋭さが変わらない。恐る恐る彼女を見ると、彼女はすでに自分を見ておらず、リナの方を見ていた。
去っていく彼女の背を、鋭い眼光で睨んでいる。
「お、お母様?」
「あの人とは、付き合うのをやめなさい」
「え?」
「あれは駄目です」
「わ、私の友・・」
「駄目です! いいですね」
「で、でも」
「駄目!」
「・・・・・は、はい」
次第に強くなる母の語気に追いやられるようにして、ルドミラは承諾の返事をした。
でも内心は、納得をしていないので、言う事を聞いてやるもんかと思っている。
こんなひと悶着の後。
二人の前に、重要人物がやって来た。
シクロン王国の聖騎士団長で大将軍のハイスディン・ロベルホーンである。
老年となっても覇気のある姿に、周りの人間たちは息を呑んでいて、ルドミラも同じくだった。
威圧感のある相手と対峙したことがそれほどないから、ルドミラには厳しい場面となる。
だが、そんな彼女を脇に置いても、表情一つ変わらない鉄仮面の母親がいる。
「大将軍。こちらには何用で? ここはあなた様が来るような会ではないかと思いますよ。ここにいたからとて、何の功績にもなりませんから、王からの評価ももらえないのです。意味がないでしょう。顔を見せる必要もない」
一触触発の発言。
顔を見せる必要がないではなく、顔を見せにくるんじゃねえ。
という言葉が隠れている。
周りは、こちらの意見のせいで、更に息を吞んだ。
「ハハハ。相変わらずの口だな。それに、その
挑発を意に介さず、跳ね返したハイスディン。
「仮面? これが私の顔ですが。失礼ではありませんか。ハイスディン。大将軍如きで」
しかし、その言葉を更に冷たく返した。
エルヴィラ・アルラントは、鉄の仮面を被る。
彼女は、何が起ころうと動じない精神力を持つ女性であるのだ。
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