紅蓮の姫君

咲良喜玖

傾国の美女の魂

第1話 傾国の美女

 エルロス大陸には六つの国がある。

 各国が、それぞれの特色を持ちながら、絶妙なバランスで絡み合い、いがみ合い、ここまで六つの状態を保ってきた。

 過去から現在まで、時代の変遷に伴い、力の大きさに変化が起こったとしても、これら六つの国は、結局のところ、国が維持される形が続いていたのだ。


 そして直近。

 この時代で最も力をつけた大陸南東の大国シクロン王国。

 この国が、大陸最強だと呼ばれた所以は、シクロン王国史上でも最強の王が国を率いていたからだ。

 鮮烈王エクセルス・リンドー・ディアーブが、三か国連盟の攻撃を跳ね返して、逆に攻勢に出たことから、彼が歴代最強の王ではないかとの説が浮上した。


 シクロン王国から見て、北のシャオ王国。西のドリアミ公国。北西のブイエラ王国。

 これらから仕掛けられた攻撃を打ち破り、見事に国家消滅の危機を乗り越えた事で、大陸最強の王の名を手にした。

 でも名を手にしただけで、領土獲得までには至らなかった。

 それは、相手からの停戦を受け入れたためである。

 エクセルス王は、各国の停戦条件を受け入れていくのだが、ただ一か国だけを許さなかった。

 それが、三か国連盟の盟主ブイエラ王国だ。

 こちらの国が最後まで抵抗してきたために、シクロン王国としては、ブイエラ王国を滅ぼす予定であった。


 しかし、その破壊的戦争は最終的には行われず、シクロン王国はブイエラ王国と停戦をした。

 三か国の内の二か国を破ってきたシクロン王国が、このまま戦っていけば、勝つのは確実で、王の一声さえあれば、あのタイミングで捻りつぶすのが簡単だった。

 そこまでの余裕があり、勝利は目前だったのに、シクロン王国は停戦したのである。

 それは、ある条件が、王にとって魅力的だったからだ。

 

 停戦条件。

 それが、ブイエラ王国一の美女エルヴィラ・アルラントだった。


 オーベル・アルラント国王の愛娘である彼女が、シクロン王国のエクセルス王に献上される。

 これが条件で停戦へと至ったのである。

 彼が国家を一つ消滅させたのならば、大陸の長い歴史でも非常に珍しい事をやってのけた。

 それはおそらく未来永劫。

 彼の名が大陸に刻まれる。

 それほどの功績だったはずだ。


 しかし、それでも、エクセルスは彼女を取ったのだ。

 敵国を倒したという実績を取らずして、彼は人を取ったのだ。

 それは、あまりにも彼女が美しく、一目惚れしてしまったからだった。

 血気盛んな若かりし頃のエクセルスの唯一の失敗は、たった一色の色に溺れてしまった事。 

 だから彼女は、大陸中から『傾国の美女』と呼ばれた。

 大陸最強国家の侵略を、その美貌一つで止めて、王を虜にした。

 悪女エルヴィラ・アルラントとして、エクセルスよりも彼女の方が、エルロス大陸に名を刻むことになった。

 

 王一人を誑かし、大国一つを傾かせた。しかしその裏では、彼女の母国が救われた。

 だから彼女は、シクロン王国内では悪女。ブイエラ王国では救世主。

 相反する二つの顔を持つ女性となった。



 そして、そこからおよそ二十年。

 大陸最強の名を意のままにしていたシクロン王国の国王エクセルスと、その側室であり、悪女エルヴィラの娘『ルドミラ・ディアーブ』の運命から、大国が揺れ動いていく。

 美しさは母親譲り。才気は父親譲り。

 紅蓮の姫君は、どのようにして激動の時代を突き進むのか。

 彼女の逆襲の物語が始まる。



 ◇


 聖王歴427年夏の節84日。

 離宮スラシャーナ。

 そこは、側室エルヴィラの居城である。

 そちらの居城の隣には、王妃ウルナの離宮も存在しているのだが、こちらの離宮の方が外観が豪勢であった。

 一目見てハッキリわかるので、王の寵愛がどちらに傾いていたのかがよく分かる。


 「ルドミラ・・・いいえ、リューダ。こちらに」

 

 四十を超えても、その美しさに変わりがない。

 一国を傾かせた美女エルヴィラが、愛娘であるルドミラをそばに呼んだ。

 

 「はい。お母様」

  

 頭を軽く下げた彼女は、親しき人たちには、リューダと呼ばれていた。

 彼女は、若かりし頃のエルヴィラとよく似ていた。絹のような滑らかさを保つ髪が真紅に輝き、瞳が燃えているかのように真っ赤で、ブイエラ王国で『赤の至宝』と呼ばれていた母と瓜二つであった。


 「いくつになりましたか」

 「15歳です」

 「そうですか・・・」


 (お母様、娘の年齢も知らないの。なんだ。私に興味がないんだ)

 母の前でルドミラは、少し悲し気な表情をしてしまった。

 真紅の瞳に影が出来て、眉が僅かばかり下がった。


 「リューダ」

 「はい」

 「表情を隠しなさい」

 「え?」

 「どんな相手にも、無表情を貫きなさい。あなたがこの先を生きるにはそれしかありません。特に表の舞台ではです」


 娘に対しても、冷たい声で接する。

 彼女は普段から、そのような態度と声であった。

 娘だから特別という事ではない。これが通常なのだ。

 

 「・・・?」


 ルドミラが首を傾げると、エルヴィラの眉間にしわが寄る。エルヴィラは鉄仮面とまで呼ばれていて、表情の変化が少ない女性だ。それが変化するという事は、内では相当な感情の変化が起こっている。

 深いため息とともに話す。


 「リューダ。あなたはこの国の王宮で生きていかねばなりません」

 「・・・この国」


 自分はこの国の人間じゃない。

 ルドミラには、母の言い方が、そんな言い方に聞こえた。


 「あらゆる状況に陥ろうとも、生きていかねばなりません。人を見て、人を知り、人を見極めねば、あなたに生きる道がないのです」

 「・・・・・・・」

 

 

 傾国の美女エルヴィラが、いかに王からの寵愛を受けようとも、その地位は側室止まり。

 シクロン王国にとっての最大の敵と呼んでもいいブイエラ王国の王女だったから、二人の結婚当時のエクセルスの家臣団たちが、頑なに彼女を正室にはさせなかった。 

 それも当然だ。

 彼女を正室にしてしまえば、が、王位継承権一位となってしまう。

 そうなると、戦争をせずとも、ブイエラ王国が、シクロン王国を乗っ取ったと見てもいいからだ。

 戦争で勝ったのに、これでは敗北と同じではないか。

 そう考えた家臣団たちの方が賢明な判断をしたのである。

 それくらいに、エクセルスは彼女の色に溺れていた。

 傾国の美女。

 そう呼ばれる所以は、王の心を惑わしたから。

 エクセルスが、国の利益を度外視して、彼女の虜になってしまったからだ。


 ただし、彼女が美貌で虜にしたのは、この国では王のみだ。

 彼女の発言に緩みがないのは、この事を肝に銘じているからだった。

 

 「リューダ」 

 「はい。お母様」

 「今度、あなたのお誕生会が開かれるようですね」

 「はい」 

 「その時、今の事を気をつけなさい」

 「・・・・・」


 返事をしないので、母が念を押す。


 「よいですか」

 「わかりました」


 母が言いたい事がよく分からず。

 激動の時代に入る直前のルドミラはまだ子供であった。

 

  


―――あとがき―――


最初の物語は、ややゆったりとしたペースで進みます。

姫君も徐々に成長していきます。


紅蓮の姫君の物語をよろしくお願いします。

続きを読みたいと思ってもらえるように、頑張ります!


評価やフォローもお待ちしてます。

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