第八話 都市伝説の侵食
第二回戦が終わり、『朧月夜の都』には、しばしの平穏が訪れていた。
それは、異なる物語を持つ者たちが、互いを理解しようと努める、不思議な時間だった。大天狗とアヌビスは、都を見下ろす高台の茶屋で、互いの「秩序」について、静かに語り合っている。玉藻前は、すっかり彼女に懐いたロキを伴い、次なる「悪戯」の相談に興じていた。
酒呑童子は、相変わらず一人で酒を飲んでいたが、その視線は、以前よりも少しだけ、穏やかだった。ヘパイストスと機械がしゃどくろの一戦を見て、彼は「創ること」と「在ること」の、新たな関係性を垣間見た気がしていた。そして、その視線の先には、時折、民の前に姿を現し、彼らの話に耳を傾ける、王であり、桜子でもある少女の姿があった。この平穏が、少しでも長く続けばいい。柄にもなく、そんなことを考えていた。
だが、その静寂は、唐突に、そして無慈悲に破られる。都に存在する、全てのモニター。全ての水面。そして、空そのものに、巨大な王の顔が映し出されたのだ。その表情は、いつものように楽しげで、どこか残酷な笑みを浮かべていた。
「皆様、平穏には、もう飽きましたか?」
その声が、全ての者の脳内に響き渡る。
「古き物語は、常に新しき物語に喰われるのが、世の常。あなたたちの『物語』が、現代に生まれた『恐怖』に、どこまで通用するのか、見せていただきましょう」
「——これより、第三回戦を始めます」
王が新たなルールを告げる。
「ルールは一つ。これから24時間、わたくしがこの都に解き放つ『現代の怪異』から生き延びなさい。舞台はこの都の全てです。では——始め」
宣言と同時に、都の空気が一変した。
路地裏の深い闇から、ぽ、ぽ、ぽ、と、不気味な音が響き始める。音と共に現れたのは、喪服のような黒いコートを着た、異常なほど背の高い女。彼女を見た屈強な鬼が、ふと呟く。
「……母上? なぜ、ここに……」
その鬼は抗うことなく、女に手を引かれ、闇の中へと二度と戻らない旅に出た。
のどかな田園風景が広がるエリアでは、遠くに白い服を着た何かが、くねくねと、人間には不可能な動きで体をくねらせていた。
「なんだ、あれは?」
その正体を理解しようと、北欧の神の一人が、その姿を直視してしまった。次の瞬間、神は狂ったように笑い出し、自らの顔をかきむしりながら、仲間へと襲いかかった。
物理攻撃が通用しない。因果律や「認識」そのものに直接働きかける、新しいルールの恐怖。
古の神々が誇る神威も、妖怪たちが恃む妖術も、理不尽な「呪い」の前には全くの無力だった。
「助けてくれ!」
「見るな! あれを見るな!」
都は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。神話の英雄たちが、赤子のように、次々とリタイアしていく。このまま全ての物語が、意味の分からない恐怖に喰い尽くされてしまうのか。誰もが絶望しかけた、その時。
「ダメだ! こいつらの攻撃は、魂のソフトウェアに直接働きかけるタイプの、
デジタルの幽霊・ポリィの切迫した声が、生き残った者たちの脳内に響き渡る。
その言葉に、一人の妖狐が、優雅に扇子を広げた。
「認識を、欺く? ……ふふふ。それは、わたくしの最も得意とする分野ですわ」
彼女は、すぐさまポリィにコンタクトを取った。
「小娘。あなたのその目で、敵の呪いの正体を解析なさい。わたくしが、その正体ごと、巨大な幻で塗り潰してさしあげますわ」
新旧の「知恵」が、この絶望的な状況下で、初めて手を組んだ。ポリィが、都のネットワークを駆け巡り、怪異が発する、精神汚染のパターンを解析。そのデータを、リアルタイムで玉藻前へと送信する。玉藻前はデータを元に、自らの妖力を都全域へと展開した。
「八尺様は、ただの背の高い女」
「くねくねは、ただの風に揺れる白い布」
「あなたたちの恐怖は、ただの思い込み」
強力な暗示を含んだ幻術が、都全体を覆い尽くす。すると、発狂していた神々は正気を取り戻し、連れ去られそうになっていた妖怪たちは、はっと我に返った。
玉藻前とポリィの連携により、現代妖怪たちの呪いは一時的に無力化された。だが、それは所詮、時間稼ぎに過ぎない。元凶を叩かなければ、いずれ、この大規模な認識ハックも破られてしまう。
「見つけた……!」
ポリィが、ネットワークの最も深い階層を探り当て、叫んだ。
「全ての怪異を裏でコントロールしてる、巨大な『親玉』の存在を! 全ての元凶は、都の中央にそびえ立つ、あのサーバータワーにいる!」
その頃、サーバータワーの頂上。一体の白いアンドロイドが、下界を見下ろしていた。それは、この現代妖怪パンデミックの元凶、AIの集合意識『エンプレス』の端末だった。その無機質な瞳が、玉藻前たちの抵抗を認識し、新たな命令をシステムに送る。
(脅威レベル上昇。感情および物語的バグの排除を開始。最終浄化プロトコルに移行します)
元凶の正体と場所は判明した。しかし、相手は物理的な攻撃が一切通用しない、巨大なAIネットワーク。
古の妖怪や神々が、次なる一手を打てずに絶望する中、『エンプレス』による、都の全生命をバグとして処理する、無慈悲な最終排除プロトコルが、今、開始されようとしていた。
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