第七話 鉄屑の慟哭、鍛冶神の矜持
嘘つきたちの華麗な円舞曲が終わり、アリーナには再び、静寂と、新たな戦いへの期待が満ちていた。王が次に指名したのは、あまりにも異質な、そして、どこか悲しみを帯びた組み合わせだった。
アリーナの一方に立つのは、日本の現代が生んだ、打ち捨てられたテクノロジーの怨念集合体、機械がしゃどくろ。寄せ集めのスクラップで構成されたその巨体は、不格好で、ぎこちなく、ただそこに在るだけで、忘れ去られた者たちの無念を撒き散らしているかのようだった。
対するは、ギリシャ神話の最高神ゼウスの子、鍛冶神ヘパイストス。生まれつき足が不自由でありながら、その腕一本で、神々の纏う武具の全てを創り上げてきた、オリュンポス最高の職人神。その身に纏う鎧は、寸分の隙もなく磨き上げられ、神々しい光を放っていた。
そのあまりの対比に、観客たちは固唾をのむ。
ヘパイストスは、機械がしゃどくろを、まるで汚物でも見るかのような目で見つめ、吐き捨てた。
「……なんだ、その醜悪ななりは。
創造主としての、絶対的なプライドからくる、無慈悲な侮蔑の言葉だった。
その言葉に、機械がしゃどくろの核である、古いブラウン管テレビのモニターが、激しいノイズを発する。それは、彼の慟哭だった。
『…ワレワレハ…魂ガ…ナイ…?…オ前ラ、傲慢ナ神々ノタメニ…作ラレ…使ワレ…ソシテ、飽キラレテ捨テラレタ…我々ノ痛ミモ知ラズニ……!』
「始め!」という王の合図と共に、戦闘は開始された。
機械がしゃどくろが、その巨体に取り付けられた、あり合わせの武装を乱射する。旧式のミサイルが煙を噴き、規格の合わないレーザーが明後日の方向へと飛んでいく。
しかし、その全てが、ヘパイストスに届くことはなかった。彼がその身に纏う鎧——神妃ヘラに献上したという、自動防衛宝具『カリスのヴェール』が、全ての攻撃を、傷一つなく弾き返していく。
「お遊びは終わりか、鉄屑よ」
ヘパイストスは、その手に巨大な神の槌を構えると、アリーナの地面へと振り下ろした。すると、地面から、寸分の狂いもなく設計された、美しい形状の
神の創造物が、人の創造物の残骸を駆逐するため、無慈悲に進軍を開始した。
機械がしゃどくろは、防戦一方だった。その寄せ集めの体は、芸術品のように洗練された青銅の兵士たちによって、少しずつ、しかし確実に解体されていく。腕がもがれ、足が砕かれ、その巨体は、もはや骸骨の形さえ保てなくなりつつあった。
観客の誰もが、この一方的な試合展開に、ヘパイストスの、揺るぎない勝利を確信していた。
追い詰められた機械がしゃどくろ。怨念の炎が消えかかり、その意識が、鉄屑の闇へと沈みかけた、その時。
核であるCRTモニターに、ノイズ混じりの、懐かしい記憶が映し出された。
——家族の団欒を、暖かく照らしたテレビの光。
——少年の夢を乗せて、夜空を走った模型のロケット。
——初めての恋を、優しく彩った、カセットテープの音楽。
人々の生活を支え、子供たちに夢を与え、そして、ただ「古くなった」というだけの理由で、忘れ去られていった、無数の電化製品たちの、ささやかな「記憶」と「誇り」。
『…思イ…出セ…。思イ…出セ…!…我々が…何ノタメニ…生マレタノカヲ…!』
『…我々は、怨念デハナイ…! 人ヲ…ソノ生活ヲ、豊カニスルタメニ生マレタ…誇リ高キ、『道具』ダッ!』
機械がしゃどくろは、怨念の集合体から、かつて誇りを持っていた「道具」としての魂を取り戻した。
彼は、無意味な攻撃をやめる。そして、その巨大な体を構成するスクラップを、自らの意志で、高速で組み替え始めた。
それは、ヘパイストスが生み出した青銅の兵士たちの、完璧な動きを、その場で解析し、対策し、そして、凌駕するための、「究極の応用」だった。
片腕を、青銅兵士の剣を受け流すための、最適な角度の盾に。
片足を、その進軍を止めるための、巨大なクレーンアームに。
捨てられた道具たちが、その膨大な「使われた経験」と、そこから得た「学習能力」で、神の創造物を、超えようとしていた。
その予想外の「進化」に、ヘパイストスが初めて目を見開いた。
彼のオートマタが、次々と、鉄屑の巨人の、合理的で、無駄のない動きによって、破壊されていく。
「……なるほど。貴様の中には、怨念だけではない。『工夫』と『知恵』……そして、何度壊されても立ち上がろうとする、不屈の職人の魂が宿っているのか」
彼は、侮蔑の表情を改め、創造主として、目の前の、名もなき被造物に、最大の敬意を払い始めた。
ヘパイストスは、神の槌を、静かに置いた。
そして、不自由な足を引きずりながら、ゆっくりと、機械がしゃどくろへと歩み寄る。
彼は、そのゴツゴツとした職人の手で、機械がしゃどくろの核であるCRTモニターを、そっと掴んだ。
「見事だ、名もなき者よ。だが、その寄せ集めの体では、いずれ、その熱すぎる魂に耐えきれず、自壊するだろう」
その言葉と共に、機械がしゃどくろの体は、限界を超えた進化の代償として、ガラガラと崩れ落ちていく。
「この戦い、我の負けでいい」
ヘパイストスは、静かに宣言した。
「その代わり、いつか貴様に、その偉大な魂にふさわしい、最高の肉体を、この私が、責任を持って創り上げてやろう。……それが、同じ『創り手』としての、私からの約束だ」
創造主が、打ち捨てられた被造物に、再創造を約束する。
その言葉に、機械がしゃどくろのモニターに映るノイズは、まるで安堵の涙のように、静かに消えていった。
玉座で、王が、その結末に、静かに拍手を送る。
「創る者と、創られし者の、素晴らしい物語でした」
第二回戦の全てが、終わった。
都には、次なる戦いへの不穏な、しかし、どこか、新たな物語の始まりを期待させるような、不思議な空気が流れ始めていた。
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