隣のアキラ君
今日は席替えの日です。
ついさっきまでは教室前方の入り口から数えて二列目の一番前という、そこが映画館だとしてもやっぱり好ましくない場所でした。出席番号は基本一番なので、席替えしても一番前の席だと本当テンションが下がります。あたしと同じ苗字で、下の名前が『愛』の人がもし居るとしたなら国内どこ行っても出席番号一番なんだろうな。
しかもおサルさんみたいな名前になってるし、メガネザルみたいだし。絶対いじられるでしょ、幼稚園の歌の時間とか多分苦痛でしかないと思う。フルネーム連呼される場面なんて頭おかしくなりそうだもんね。
そんなこんなで待ちに待った席替えが始まる訳なんですが、どうして席替えってくじ引きで決めるんだろう。希望制じゃダメなのかな。まぁプロ野球のドラフト会議然り、人気があればそれを希望する人も多くなるし、結局はクジだもんね。でも結局クジになるならやっぱりある程度の希望は通してもいい気がするなー。
一番人気は教室最後方の両角でしょ、その次は窓側の列ってとこで、そしたら今度は廊下側の列かな。そこから扇の中心に向かうように人気がなくなってきて、最終的に一番辛いのが教卓の目の前だよね。一部では先生の手前過ぎで逆に死角になるなんて意見もあるけど。そんな個人的な好みもあるでしょうけど、大体間違ってない筈。あたしは三番人気でいいからそこらを希望するよ、通り易い気もするしね!
なんて妄想を現実に落とし込む勇気とかはなくて、やっぱりくじ引きをしたんだけども。やりました、廊下側の後方二列目横からも二列目の良番頂きました。そりゃたまにはいい席くらい座らせてって話だよ、早弁したり教科書に隠れて居眠りさせてって話だよ。良かった良かった。
そう思いながら右隣りの席は誰かなと見てみるもまだ誰も座っていなくて、確かにあたしは嬉しくて早くこの席に着いたんだけど、それでも一部の席替えに対しての文句を言っている前方の人以外は大体着席している。
今日休みの人居たかな、なんて考えながら後ろを振り向いて見たらアキラが机の中の教科書一式を持って立っています。いつもの様に表情の乏しい顔をしていますが、あたしにはお見通しなのです。昔からあたしを除いて皆んなからは何考えているか分からないと言われているその顔もあたしは全部手に取るよう分かるの。
だから今もそうなの、まさか隣の席が幼馴染のあたしになるなんて思いも寄らず嬉しくて、その嬉しさの余り固まってしまっているの。分かり難いようで分かり易いのがアキラなの。全く、高校生にもなっていつまで経っても幼馴染離れが出来ない男なんだから。いつも通りあたしから話しかけてあげるしかないわね!
「アキラ!どうしたのそんな所に突っ立ってて、自分の席がないのかしら?」
「そうだな、確かに席がない。安心して座れる席が?」
「そうね、この世に安心して座れる席なんてどこにもないわ。いつどこに隕石が降ってくるなんて誰にだって予測出来ないわ。それに急に校内に不審者が現れて、急に廊下側の窓を開けて、急に頸動脈をグサーって刺される可能性だって全くのゼロじゃないんだもの。」
「発想がやべーんだよ。そしてそんな発想をする奴の隣が一番安心出来ないんだわ。座りたくないんだわ。」
はぁ、全く。
その憎まれ口はいつになったら治るのかしら。嬉しいなら嬉しいで素直に言葉と態度で示したらいいのよ、あたしみたいに。世話のかかる男ね。
「いいから早く席に座りなさいよ。知ってるわよ、あたしの隣なんでしょ?」
「だから座りたくない」
「座りたくない?痔?痛いの?」
「痛いから座りたくない訳でもなければ痔でもない。痛いは痛いが、イタイのはお前だ。」
「あたし?あたしはどこも痛くないわよ、イタイとしたら次の席替えでもここに居たいくらいね。」
「ほらもう座る前からこれだもんよ。」
ブツクサ言いながらアキラは机の上に荷物を置いて座り、それを仕舞い始めました。
イマイチ何言ってるか伝わりづらいんだけど昔ながらの吉見って事で許してあげるわ。
そんなんだから女の子の友達が居ないのよ、取り持つって言っても拒否するし、思春期の子どもを持った母親の気分よ。いつになったらあたし離れするのかしら。あたしは慣れっこだから平気だけど、周りの人達に対してもこの感じは良くないわ。男友達はそこそこ居るのはいいとして、誰とでも分け隔てなく表情豊かに、感情豊かに接するのが一番なのよ。
だからこれは神様とか仏様とかなんかそういう感じの偉い人があたしにくれたチャンスなの。好機なの。
アキラの腐った性根を叩き直す、いや腐ってもないのかな。でもまぁ大した違いはないわ、どっちでも良いわ。いずれにしてもこのまま自分の心の闇に呑まれて感情の起伏の無い、人間らしさの欠片も見せずに、死ぬ時は一人孤独に寂しく一生を終えるであろう、そんな無感動のまま人生を無価値だと思っている、その口と成績だけが達者で、身長も髪も黒髪でピンとこない程度の男にあたしが一縷の希望を、この僅かしか時間のない隣の席で叩き直す絶好の機会が今!この場に生まれたの!あたしがやらずに誰がやる!あたしやるわ!
…ちょっと考え過ぎて疲れたから休ませて。
「ひな、何考えてるか知らないし知りたくもないんだけども。あんまり燥ぐな。」
「ふふふ、いいのよ。あなたは何も考えなくても。そのままでいいのよ、今はね。気付いた時にはその年中顔面硬直ヅラが筋肉痛で悲鳴を上げるくらい表情筋が忙しなく、途方もなくところ狭しと働くようになっているわ。」
「言ってろ、喜んでんのか楽しんでるのか知らねーけど。どっちにしても俺の得にはならなそうだな。」
「喜びも楽しみも大差ありません、だけど強いて言うなら楽しみよね。アキラがあたしに対して感謝の気持ちで大粒の涙を、いえ粒どころの騒ぎじゃないわ。涙腺崩壊した挙句、涙が川のせせらぎのように目頭から頬を伝って顎に辿り着き、そこから濡れ雑巾を絞ったかのような勢いで滴り落ちるのを眺めるのが楽しみで仕方ないのよ!」
「後半の例えが汚いんだよ、なんだよ雑巾て。例えるならもう少しマシな例え方出来ないもんか。」
「ふふ、アキラには既に選択肢なんてないの。逃げ場もね。」
「だろうな、ただでさえ教室内でも逃げ切れてないのに真横に居られちゃいよいよ諦めるしかないわ。」
「分かればいいのよ、分かれば。」
今回ばかりはあたしの大勝利よ!完膚無きまでに!そして勝因はあたしの運ね!ほとんどあたしは何もしてないけど、赤ちゃんの手を捻るより簡単ってこういう事、それ程までに大したことなかったって事ね!まだ一応は先生もいるし他の子も居るから我慢するけど、先のことを考えると叫び出してしまいたくなるくらい楽しくて仕方ないわ。だけど叫んでしまったら間違いなく変な人と思われてしまうから耐えるのよ、あたし。家に帰るまでの辛抱、お家に帰ったら全力を尽くして今後の事を楽しみながら考えてやるのよ!レッツエンジョイ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日。隣にはアキラがいなくて、他の男の子が座っているじゃあありませんか。
え、あれ。そんなハズは…、あたしがいつも9時に寝るのを我慢して10時半まで色々考えて来たプランがあるのに。なんで、どうして。あんまり男の子と話すの得意じゃないけど背に腹はかえられないし、聞いてみるしかないのかなぁ。アキラもまだ教室内に居ないし、うー。頑張れあたし!
「あのぅ、伊藤君?聞いてもいい?」
「っ!。なに、どうしたの?」
話しかけられて少し驚いた様子の伊藤君、そんな顔しなくても。なんでそっちもソワソワしてるのよ、こっちだって平然を装うの必死なんだから。
「昨日の席替えで隣がアキラだったと思ったんだけど、あたしの気のせいかな。元々伊藤君だったっけ?間違ってたらごめんね!」
「いや、阿井さんの言う通りだよ。だけど分目があの後先生に直談判したとか言って、目が悪いから前の席がいいですって。それで許可貰ったから代われるなら誰かと代わってもいいって。僕は教卓の真ん前だったんだけど、代わってくれって言われたから喜んで代わったんだよね。いくら目が悪いって言ってもど真ん中最前列選ぶとか物好きだよね。」
そう伊藤君が説明している最中、アキラが前の扉から悠々と入ってきて伊藤君と交換した一番前の席に座るのが目に入ってきました。鞄を机の脇に掛けながらこちらをチラ見すると、また視線を鞄に戻して中身をいくつか机にしまい始めています。
ア、ノ、ヤ、ロー!
逃げやがった!逃げるに事欠いて一番不人気の場所選ぶかね普通!信じらんない!諦めるとか言ってやがったクセに!お陰様であたしのプラン全部パーじゃない!どうしてくれるの、昨日削った睡眠時間1時間半!既に次の席替え予定の日まで頑張って作ったプランを一夜にして無に帰すことをしやがって、許せない。許せないわ。昨日は諦めちゃったフリなんかしてくれて、全然諦めてなかったのね。屈辱よ、この屈辱どう晴らしてやるべきか。
「…阿井さん、なにかいい事あった?」
「ちょっと今、話しかけないでもらっていいですかー。考え事してるのでー。」
「あ、ごめんね。楽しそうだったからつい。なんでもないです。」
楽しそう?あたしが?ハラワタ煮えくりかえりそうなんですけど。どいつもこいつもいい加減にして欲しいわ。あの幼馴染野郎、いつか懲らしめてやるんだから。喜びも一周して恥ずかしくなってあんな所まで逃げるなんて、運命を受け入れなさいよ!往生際が悪過ぎ!
でもいくら言ってももうどうしようもないわ。大変だけど、いつまでもイラついてても仕方ないから一からまた更正プラン考えていきますか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます